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明治天皇様について
明治天皇様の御治世
明治天皇様の御聖徳
五箇條の御誓文
教育勅語

明治天皇様の御聖徳
剛毅果断で、御仁徳高く、またユーモアを解せられたお方

 明治天皇さまは立派な御体格で、剛毅果断であらせられた反面、御仁徳高く博愛の心に富ませられ、またユーモアを解せられたお方であったと伝えられています。また天皇さまは、和歌をお好みになり、御一代にお詠みになった御製(ぎょせい)の数は9万3千余首に及んでおり、常に国家国民の繁栄と世界の平和を祈念された尊い大御心を拝することができます。


おごそかにたもたざらめや神代より
うけつぎ来たるうらやすの国

国民のうへやすかれとおもふのみ
わが世にたえぬ思なりけり

 これらの御製を拝することによっても、いかに明治天皇さまが、万世一系の天子としての御自覚をもって、多難な時局に対処し近代国家の建設に邁進あそばされたか、そして明けても暮れても国民の上に御心をおそそぎになったかを、うかがい知ることができます。


 また天皇さまの世界平和についての御心は

よもの海みなはらからと思ふ世に
など波風のたちさわぐらむ

ひさかたの空はへだてもなかりけり
つちなる国はさかひあれども

の御製によっても拝察する事ができます。まさに世界連邦を思わせるような神さながらの尊い御嘆きと申すべきでありましょう。

 明治天皇さまの御生涯をつうじての御信条は「誠の心」であられたことは、御在世中の御逸事がこれを物語っています。一例をあげれば、ロシアのニコライ皇太子を傷害した大津事件も、天皇さまの果断な誠意あふれる御行動によって解決されたと申しても過言ではありません。



鬼神もなかするものは世の中の
人のこころのまことなりけり

めにみえぬ神の心に通ふこそ
人の心のまことなりけれ

とお詠みになり、誠の心こそ、神の御心にも通じるものと仰せられています。

 世に「先憂後楽」という言葉がありますが、明治天皇さまの御生涯はまさにこの一語につきるといえましょう。


 
明治元年五箇條の御誓文と同時に発せられた御宸翰(ごしんかん)にも、明治維新への責任と御覚悟をお述べになり、

今般朝政一新の時に膺(あた)り
天下億兆一人も其処を得ざる時は、
皆朕が罪なれば、今日の事、朕自ら
骨身を労し心志を苦しめ
艱難の先に立云々

と仰せられております。日清・日露戦の時、出征の兵士と苦労を共にするとの思召(おぼしめ)しから炎暑の最中でも冬の軍服をお召しになったという御逸話も広く知られています。

 また現在の明治神宮御苑が、天皇さまの皇后さまに対する優しいお心づかいによって設けられ、天皇さま御自ら設計のお指図までされたのにもかかわらず、政務のお忙しさの余り、完成後もついに一度もお出ましがありませんでした。




 そして御多忙な政務の寸暇を見ては勉学にいそしまれ、お手許の書籍に「政余蛍雪」(政治の余暇に勉学する意)の朱印を押されたのが、今も明治神宮宝物殿の御物に残されています。また、天皇さまは六度にわたって地方大巡幸をなされ、都をあとにされること二ヵ月の長期に及ぶこともありましたが、避暑避寒などは殆どなさらなかったそうです。わずかに小金井に遠乗りされて桜を賞でられ、また多摩の丘陵の兎狩り、清流での鮎漁ぐらいが記録に残っています。


こがねゐの里ちかけれどこの春も
    人伝にきく花ざかりかな

年年におもひやれども山水を
 汲みて遊ばむ夏なかりけり

の御製を拝するとき、今日の時勢と思い較べて、誠に恐れ多い次第です。

 


 
明治時代、わが国の興隆発展は世界の驚異とまでいわれていますが、これひとえに万機のまつりごとを御親裁遊ばされた天皇さまの御聖徳によることは申すまでもないことです。



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