―当時の人々には大きな使命感とそれを果たしていこうという気概があったのですね。
明治の日本で重要なのはサムライという階級がいたことです。公のために命をかけて働く。国の危機に何かしなくてはいけないという使命感、責任感。だから向こうに行って懸命に学ぼうとする。摂取するものは摂取する。しかし、まねるべきでないものはまねない。西洋を見て最も違和感があったのがキリスト教、そして男女・夫婦・親子の関係。つまり個人主義です。それから礼節の問題。アメリカは当時まだ中進国だったので、アメリカ人を見ていると日本人の方が道義や文化レベルは上だと自信を持った。
そして、欧米諸国の人たちはお金のために働く。久米邦武から言えば「概して言えば西洋諸国は町人国家である」と。つまり精神的あるいは文化的な意味では日本の方がむしろ勝っている、そう思うんですね。当時、日本には「この際すっかり西洋にならってしまえ」という過激な若者たちがいました。国語を英語にしたり、キリスト教になってしまえ、と。しかしその必要はない、西洋の技術などは取り入れるけれども、日本のよさ、神道をベースとした仏教、儒教を丸めて薬にしたような「日本教」がある。この日本のよさは守らなくてはいけない、と使節団は考えた。
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