高知から上京して、渋谷区富ヶ谷の新聞専売所で住み込み配達員を始めたのは、中学三年の春だそうですね。
(前略) 新聞を配っていたエリアというのが、大山町と西原全体、それからワシントンハイツ。専売所からちょっと歩いていったらフェンスがあって、今の代々木公園から岸体育館の辺りまでが丸ごとハイツだった。渋谷のど真ん中にアメリカがあったんだから。もう完全な街でね、教会も映画館もあった。日本人はあまり車なんて持ってなかった時に、この中を走っていたのはパステルカラーのアメ車だったんだよ。親しくなったロバートさん一家に招かれて家に入ったら、とんかくテレビがでかい。あれには圧倒された。 ロバートさんには、ビルとゲリーとメリージョーの三人の子供がいて、一緒に遊びたいからもう必死で、走って新聞を配り終えました。英語を教わったのも彼らから。なかに何度言われてもわからない単語が二つあった。一つは「ピザ」。ピッツァ、ピッツァって言って説明してくれるんだけれども、食べたことがないからイメージが湧かない。彼らから教わって食べて、ああ、うまいもんだなというのがわかった。もう一つは、「キディランド」。日曜の午後、遊びに行ったら、今からそこに行こうという。一緒にハイツを横切って、反対側におゲートを出たら、ちょうどそこだったんだね。日本のおもちゃ屋さんとはまったく違っていた。俺は今でも覚えてるんだけど、彼らは軍票で買い物をしていた。あの時代はよっぽどアメリカの国力が強かったんでしょうね。 後略)
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