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[特別編]昭憲皇太后の聖蹟を歩く(中)
打越 孝明(明治神宮国際神道文化研究所 主任研究員)
写真
(東京都港区)看護婦教育発祥の地に建てられた記念碑
@慈恵医院
 明治15年(1882)、イギリス留学から帰国した海軍軍医高木兼寛(かねひろ)の主唱により、「有志共立東京病院」が設立されました。貧しい人々の医療を行う施療(せりょう)病院です。皇室より運営基金が下賜され、皇族・華族の婦人などが組織した「婦人慈善会」は、福祉バザーの売上金を寄付するなど病院の運営を支援しています。皇后は慈善会の総裁に就任され、病院名が「東京慈恵医院」と改められました。
 明治20年4月、病院の事業を奨励するために、皇后はお言葉を下されました。お言葉では、奈良時代の天平宝字(てんぴょうほうじ)元年(757)、女性の孝謙天皇が施薬院(せやくいん)を設けられたことに言及されています。皇后は、民とともに病苦の心配から逃れ、長命を保つことを念じられた孝謙天皇のご遺志を継ぐことを念願されたのでした。
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打越 孝明(うちこし・たかあき)

昭和35年、茨城県水戸市生まれ。早大大学院に学び、同大学助手や大倉精神文化研究所専任研究員などを経て、現在明治神宮国際神道文化研究所主任研究員および早大非常勤講師を務める。著書に『絵画と聖蹟でたどる明治天皇のご生涯』、共編著に『日本主義的学生思想運動資料集成T・U』や『大倉邦彦の『感想』―魂を刻んだ随想録―』、論文に「明治天皇崩御と御製 上・下」(『復刊明治聖徳記念学会紀要』25・26)などがある。

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