明治神宮ロゴ
明治神宮関連書籍
明治維新150年記念特別特別展
「明治日本が見た世界」開催に寄せて

久野 明子
写真
久野 明子氏
大山捨松の曾孫として

――昭和63年、大山捨松の生涯を綴った著書『鹿鳴館の貴婦人 大山捨松』をおまとめになりました。

 ちょうど25年前になります。当時、津田塾大学を設立した津田梅子は知られていても、捨松といえば「鹿鳴館の花」という言葉で語られるばかりでした。その頃、ある女性史研究者が、「明治政府は国費をかけて5人もの女子留学生を派遣したが、結局その目的に応えたのは津田梅子1人だった。」と。そして、「捨松などは帰国早々陸軍大臣大山巌と結婚して伯爵夫人となり、鹿鳴館で踊るぐらいのことしかせずに終わった」と書いているのです。子孫としては悲しい思いでしたが、反論することもできませんでした。
 そんな時、友人のアメリカ人女性に「日本の女性で最初にアメリカの大学を卒業したのは誰?」と尋ねられたことが、本書執筆の契機になりました。曾祖母については「ママちゃん(捨松)は、最後まで日本語の新聞が読めなくて、子供たちが寝た後に英字新聞を読んでいたのよ」と、幼い頃から祖母に聞かされてはいましたが、彼女がなぜアメリカに渡り、10年間どこでなにをしていたのか。自分は何も知らないことに気づかされ、捨松の足跡を尋ねる旅が始まったのです。その年は偶然にも捨松が10年間のアメリカ留学から帰国して100年目にあたり、曾祖母に背中を押されているようにも感じられました。
※記事抜粋です。『代々木』をお読みになりたい方は、崇敬会にご入会下さい
[崇敬会入会はこちら]

くの あきこ

昭和39年慶應義塾大学卒。現在、(一社)日米協会副会長。著書に『鹿鳴館の貴婦人 大山捨松〜日本初の女子留学生』、訳書にアリス・ベーコン著『華族女学校教師の見た明治日本の内側』等がある。大山捨松の曾孫。
 

[「代々木」トップに戻る]


サイトマップ お問い合わせ Q&A 明治神宮外苑 明治神宮の結婚式 刊行物の御案内 崇敬会について 武道場 至誠館 国際神道文化研究所 宝物殿 明治神宮へのアクセス 明治神宮の自然、みどころ ご参拝されるかたへ 祭典と行事明治神宮とは トップページへ