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聖蹟を歩く 第35回 明治14年北海道・秋田・山形巡幸(9)
打越 孝明(明治神宮国際神道文化研究所主任研究員)
写真
写真@ 在りし日の剣吉昼餐所の外観(「青森県行幸関係写真/明治」、宮内庁宮内公文書館蔵)

八戸街道を往く

 明治14年(1881)8月24日、青森県2日目の朝、明治天皇は三戸(さんのへ)を発ち、しばらくの間、奥州街道を進まれます。東京を発って二十六日目、巡幸の旅路は、まだ三分の一にも達していません。
 明治九年の巡幸では経路から外れていた八戸(はちのへ)へ向かうため、天皇は奥州街道を右に折れて八戸街道(三戸街道)へ入り、騎馬と馬車を乗り換えながら、沖(おき)田(た)面(もて)、剣吉、苫米地(とまべち)と進まれました。
 在りし日の剣吉昼餐所(ちゅうさんじょ)(出町宅)の建物については、宮内公文書館に写真が遺されています(写真@)。苫米地小休所(夏堀宅)跡には記念碑が建てられ、平成27年(2015)、天皇ご滞在について記した新しい解説が南部町役場の敷地に設置されました(写真A)。
 その先、天皇の船が馬淵川を渡り始めると、雅楽の調べが響き渡りました。川の上流で八戸中学校の教員が楽器を奏で、生徒が歌唱して奉迎に努めたのです。
 天皇は、櫛引に上陸して馬車で進み、長者山新羅神社の境内で旧南部藩士たちによる打毬をご覧になりました。

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打越 孝明(うちこし・たかあき)

昭和35年、茨城県水戸市生まれ。早大大学院に学び、同大学助手や大倉精神文化研究所専任研究員などを経て、現在明治神宮国際神道文化研究所主任研究員および早大非常勤講師を務める。著書に『絵画と聖蹟でたどる明治天皇のご生涯』、共編著に『日本主義的学生思想運動資料集成T・U』や『大倉邦彦の『感想』―魂を刻んだ随想録―』、論文に「明治天皇崩御と御製 上・下」(『復刊明治聖徳記念学会紀要』25・26)などがある。
 

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