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聖蹟を歩く 第32回 明治14年北海道・秋田・山形巡幸(6)
打越 孝明(明治神宮国際神道文化研究所主任研究員)
写真
写真@(奥州市)佐藤家の子孫が営む旅館の看板には「明治天皇行在処跡」と書かれている
奥州市の聖蹟

 明治14年(1881)8月17日、明治天皇は一関(いちのせき)の行在所(あんざいしょ)を発ち、今の奥州市を通る奥州街道を北へ向けて進まれました。東京を出て19日目のことです。
 砥草長根(とくさながね)の小休所(こやすみしょ)は、徳沢坂を登った高地に設けられました。雄大な風景が見渡せたことでしょう。大正13年(1924)1月26日、裕仁親王(のちの昭和天皇)のご成婚を期して建てられた「明治天皇駐蹕趾(ちゅうひつあと)」碑は、東北自動車道の開通(昭和52年)に伴う土地開発によって、現在、その所在が不明です。
 昼食を召されたのは、前沢で旅宿業を営む佐藤宅です。今も旅館が営業を続け、建物前には、「明治天皇行在処跡 佐藤屋旅館」と書かれた標示が設置され(写真@)、入口付近に「明治天皇前沢行在所」碑が立っています。
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打越 孝明(うちこし・たかあき)

昭和35年、茨城県水戸市生まれ。早大大学院に学び、同大学助手や大倉精神文化研究所専任研究員などを経て、現在明治神宮国際神道文化研究所主任研究員および早大非常勤講師を務める。著書に『絵画と聖蹟でたどる明治天皇のご生涯』、共編著に『日本主義的学生思想運動資料集成T・U』や『大倉邦彦の『感想』―魂を刻んだ随想録―』、論文に「明治天皇崩御と御製 上・下」(『復刊明治聖徳記念学会紀要』25・26)などがある。
 

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