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あんパンを食べたことがない日本人は多分だれ一人としていないでしょう。それほどまでにあんパンは日本人にとって親しみのある食べものです。
パンは今でこそ当たり前のように食べていますが、明治初期パン食を普及することは大変な努力があったのです。なぜかというとパンは16世紀にすでにポルトガル人によって日本に伝わりましたが、当時の日本人にはパンはお米ほどおいしくなかったのか江戸時代になっても一般庶民が食べたという記録はほとんど出てこないのです。明治になって西欧文化をどしどし取り入れるようになったのですが、それでもパンは当初庶民にはやはり好まれなかったようです。
日本人で最初のパン屋を創設した木村安兵衛(現在の木村屋總本舗の創始者、明治2年「文英堂」の名で創業)はなんとかパンを普及したいと思い、日本人の味覚にあったパンはないかと考えました。そして6年の歳月を費やして発明したのが「あんパン」でした。西欧のパンと日本の餡をミックスさせた文明開化にふさわしいこのあんパンは、まだ酵母の正体が何であるかわからない当時でありながら米と糀による酒種酵母を発明してつくられたのでした。これを東京で売り出したところ大評判となり、そして木村安兵衛の親友である山岡鉄舟※1がこのあんパンをぜひ明治天皇さまに食べていただこうと考えました。なぜかというと当時宮中に出入りする御用商は、歴史のある老舗に限られていたのです。まして西洋渡来の新興食であるパンなど宮中にはいる余地はまったくありませんでした。
明治8年(1875)4月4日お花見を兼ね、水戸家の下屋敷(現在の墨田公園)に御臨幸※2された折、お菓子として出されたあんパン(桜あんパン)に明治天皇ことのほかお気に召され、また皇后陛下も大いにお気に召し、両陛下から「引き続き納めるように」とお言葉を賜ったのです。こうして宮中御用商となったことがパン食を普及するきっかけとなり、あんパンは一段と庶民に広まりました。
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※1山岡鉄舟
(やまおか・てっしゅう) |
幕末・明治の政治家・剣客。千葉周作に剣を学ぶ。戊辰戦争に勝海舟の使者として静岡に行き西郷隆盛と会見、江戸開城についての勝・西郷会談を開く。維新後新政府に仕え、侍従・宮内少輔などを歴任。 |
| ※2臨幸(りんこう) |
天子が行幸して、その場所に臨むこと。 |
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