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| 明治の由来にはいる前に元号についてご説明いたします。そもそも元号は、漢の武帝の時代の中国に生まれて、朝鮮、日本などへ渡ってきた年の数えかたです。日本で最初に用いたのは大化の改新で有名な「大化(たいか)」(六四五年)の元号ですが、中国や朝鮮ではすでになくなってしまい、日本だけがこの伝統を守っています。
「明治」の出典は『易経』の中に「聖人南面して天下を聴き、明に嚮(むか)いて治む」という言葉の「明」と「治」をとって名付けられました。明治改元にあたっては、学者の松平春嶽(慶永)がいくつかの元号から選び、それを慶応四年(明治元年)九月七日の夜、宮中賢所(かしどころ)において、その選ばれた元号の候補の中から、明治天皇御自ら、くじを引いて御選出されました。
翌八日の一世一元※(天皇御一代に一つの元号とする制)の詔で「明治」と改元されたのです。
「明治」の意味は聖人が南面して政治を聴けば、天下は明るい方向に向かって治まる、と解されています。
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| ※一世一元 |
明治以前までは年号が頻繁に変わっていましが、大阪の学者中井竹山が『草茅危言』(そうぼうきげん)で初めて頻繁に改元する従来の弊風を改めることを主張しました。また水戸の藤田幽谷の『建元論』にも記されています。幕末には、石原正明や広瀬淡窓も同じ考えを述べており、維新直後、岩倉具視の努力で実現しました。 |
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| 参考に「大正」「昭和」「平成」の出典由来についても書いておきます。 |
| 「大正」の出典 |
『易経』 |
「大亨は以って正天の道なり」 |
天が民の言葉を嘉納し、政(まつりごと)が正しく行われる。 |
| 「昭和」の出典 |
『書経』 |
「百姓昭明、協和万邦」 |
国民の平和と世界の共存繁栄を願ったもの。 |
| 「平成」の出典 |
『史記』 |
「内平かに外成る」 |
内外、天地とも平和が達成されるとの意味。 |
| 『書経』 |
「地平かに天成る」 |
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※昭和64年1月7日産経新聞
新元号制定は、元号法(54年成立)に基づき、「元号選定手続き」(同年閣議了承)に沿って進められた。首相の委嘱を受け国文学、中国文学、歴史などの学者が提出した候補名を小渕官房長官と味村法制局長官が整理検討して竹下首相に報告。さらに学識経験者ら国民代表や衆参両院の正副議長らの意見を聞いたうえ、臨時閣議で決めた。選定は
1.国民の理想としてふさわしい意味を持つ
2.漢字二字
3.書きやすい
4.読みやすい
5.外国を含め過去に元号やおくり名として使われていない
6.俗用されていない
の六つの基準で行われた。「へいせい」は史記および書経の「内平かに外成る(史記)地平かに天成る(書経)」からとられた。内外、天地とも平和が達成されるとの意味。 |
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| ※『易経』 |
五経の一つ。儒家の重要な経典。宇宙の原理・万象の変化を陰陽二元をもって説き、人間道徳も陰陽消長して万物を生成する天童に従うべきだと説く。 |
| ※『書経』 |
五経の一つ。上は尭舜から下は秦の穆公(ぼくこう)にいたる政治史・政教を記した中国最古の経典。 |
| ※『五経』 |
中国の古典である経書のうちでも代表的な五つの書物。『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』をいう。前漢の武帝の時代に、この五書を五経と名づけ、それを専攻する五経博士を置き、儒教を国教化したときに始まる。儒家の基本的教科書であった。 |
| ※『史記』 |
二十四史の一つ。皇帝から前漢の武帝までのことを記した紀伝体の史書。 |
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