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なぜ、明治神宮のおみくじには吉凶がないのですか?

おみくじ

 はじめにおみくじの歴史から説明します。 おみくじ・宝くじ・くじ引き・あみだくじなど、本来くじ(籤)は神意を占う方法の一つで、神代の昔より神事として盛んに行われていました。『日本書紀』※1に天智天皇※2が皇太子の時、部下が反逆者であるかどうかを「ひねりぶみ」といって、何枚かの紙に文字を書いて折りひねり、この一つを選んでくじ占いをして判断したことが出ています。

 また民間でも重要なことを決めるのにくじを引くことが多く行われていました。ちなみに「明治」の元号もいくつかの候補の中から明治天皇さまがくじを引いてお選びになられたのでした。 今日見るような筒の中の棒に数を書いて吉凶を占う方法のおみくじですが登場するのはそう古い時代ではなさそうです。

 いつ頃から始まったのか、はっきりわかりませんが戦国時代、明智光秀が織田信長に謀反を起こす(本能寺の変)前日に愛宕山でおみくじを引いて勝運を占った話がありますので近世以降のようです。
Answer さて明治神宮のおみくじですが、戦前明治神宮は国家の管理に置かれていましたから、神札(おふだ)は授与していましたが、おみくじは出していなかったのです。

 戦後、一宗教法人となり明治神宮でもおみくじを出すことになったのですが、一般神社で出している普通のありふれたおみくじではなく、明治神宮にふさわしい何か独特のおみくじはないかと考え、そこで当時明治神宮の総代をされていた國學院大學教授の宮地直一氏よりアドバイスをいただき吉凶のおみくじはやめてご祭神にもっともゆかりの深い御製
※3・御歌※4でおみくじを出したらどうかとご指示がありました。

 ちなみに明治天皇さまは93,032首、昭憲皇太后さまは27,825首もの膨大なお歌をつくられています。その中から特に人倫道徳を指針とする教訓的なものを15首ずつ、合計30首選び、それに解説文を入れて昭和22年の正月から「大御心」(おおみこころ)と題して社頭にて授与するようになりました。当時は今のような立派なおみくじではなく、藁半紙(わらばんし)でしかもガリ版刷りの粗末なもので1円で授与しました。今のような素晴らしいおみくじになったのは昭和48年の正月からです。

 また外国人の参拝者増加にともないおみくじの中より20首を選び「英文おみくじ」として昭和43年、明治維新100年の意義深い年の新春より授与をはじめ好評を博しました。
※1日本書紀
  (にほんしょき)
養老四年(720)に編纂された日本最古の歴史書。神代より持統天皇のおわりまで編年体でしるしたもの。
※2天智天皇
  (てんじてんのう)
第38代天皇。皇子の時代、藤原鎌足とともに入鹿を討ち、蘇我氏を滅ぼした。(大化の改新) 天皇即位後「近江令」を定め戸籍を整え、冠位二十六階を制定し、水時計を作るなど治績は大きい。
※3御製(ぎょせい) 天皇の作られた詩文・和歌
※4御歌(みうた) 皇后・皇太后・皇太子などのよまれた和歌。
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