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明治神宮の御苑の中に都会では珍しい湧水の井戸があります。東京都の調査では水温は四季を通じて15度前後と一定していて、毎分60リットルの湧水量があり、昔から「清正の井」といわれ加藤清正が自ら掘ったとされています。では本当に加藤清正が作ったのでしょうか?素朴な質問ですが、これについてお話しましょう。
加藤清正は安土桃山・江戸初期の武将で朝鮮出兵での「虎退治」の話は有名です。かなりの大男だったようで昭和10年頃東京上野科学博物館で清正の手形が展示されましたが当時の相撲の巨漢出羽カ嶽文治郎(約204cm、187kg)の手形も同時に展示され、その力士よりも手が大きかったそうです。清正は名高い武将であると同時に城造り・治水・干拓の技術にも優れていて「築城の名人」(熊本城・名古屋城)、「土木の神様」とも称されていました。
「清正の井」のあるこの地は江戸時代、加藤家の下屋敷があり加藤清正の子忠広が住んでいたことは間違いないようですが、清正本人が住んでいたかは定かではありません。まもなく加藤家が絶え、その後井伊家の下屋敷となりました。 |