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寄稿「私と武道」
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 私は、ある心得に従って行動した、戦いのプロの騎士など、さまざまな種類の戦士が登場した国の出身です。以下は、模範となる中世の騎士の心得をまとめたものです。

01. 神と自国、自分の主人に仕えること。
02. 決して恐怖にたじろぎ、身を引かないこと。
03. 大望を抱き、目標を達成すること。
04. 戦いに敗れても、決して名誉を放棄しないこと。
05. 皆の模範となるよう、ゆるがず堅実であること。
06. 周りの人々を敬うこと。
07. 不当なものから人々の幸福と正義を守ること。
08. 何かを必要としている者に対し、寛大であること。
09. 自分より弱い者を傷つけないこと。
10. 道義に従い、自分の信念に忠誠であること。

 素晴らしい心得だと思います。しかしヨーロッパの騎士たちとその伝統は途絶えてしまいました。

 ポーランドには、ヒストリカル・リ‐コンストラクション・グループと呼ばれるものが存在します。これは歴史再建の団体という意味です。この団体には様々な種類があり、中には非キリスト教戦士もいます。これには明らかな理由があり、衣装や武器、戦いのシーンや、野外演技の公開に、最も焦点を当てています。面白く魅力的ですが、見た目重視で、演劇と変わりありません。

 では、なぜ、私のように、外国から日本の伝統を学ぼうと来日する人々がいるのでしょうか。

 おそらく、ひとつ目の答えは“子供の夢”のようなものといえるでしょう。私が子供の頃、テレビのチャンネルは2つしかなく、1日に16時間のみの放送でした。そして2種類の映画が放送されていました。ひとつは俳優ジョン・ウェイン出演のアメリカの西部劇です。もうひとつは三船敏郎の日本の侍映画です。子供としては(少なくとも男の子にとっては)、勇敢なカウボーイかインディアン、もしくは勇敢な侍になりたかったのです。 私は拳銃よりも刀に惹かれました。

 もうひとつ、日本に来た理由をお話したいと思います。人は、自分の経験に基づいて生きています。私たちは、どこかで、何らかのかたちで誰かと出会い、何かを見つけます。故意的な行動によるものか、偶然によって起こるものです。
 イェジ・ポミアノフスキー氏が駐日ポーランド大使の任務を終えた翌年の平成15年、彼は懐かしの日本に訪れたのですが、私も同行することに決めました。しかしその時、私は合気道をやめるつもりでいたのです。それは私の合気道における最後の旅となるはずだったにもかかわらず、新しい合気道人生のスタートとなりました。どうしてでしょうか。
 その理由とは、明治神宮至誠館の武道は、私が今まで出会ったものよりも深く濃く、日常生活における重要なことを教えてくれる場所であり、私の人生を大きく変えてくれたからです。

 ここで少し至誠館の先生方からいただいたお言葉を、ご紹介させていただきます。

“例えば刀の斬り合いなど、私達は武力を使わないために武道を学び、稽古するのである。―では何のために稽古をするのですか?”
“一番大事な戦いは、道場の上でなく、日常の生活にあるからだ。”
“大学生たちが卒業と同時に道場を離れることを惜しいとは思わない。なぜなら、彼らには一番重要なことを教えたから−それは呼吸と、丹田に集中することである。”
“私には、自分の生徒が立派な武道家になってほしいという野望はない。彼らが立派なエンジニアや、医者、弁護士、教師、そしてよい親になってくれたことを誇りに思っている。”
“自然にやればいい。―でもどうすれば本当に自然かどうかが分かるのですか?自然の中にいけばわかる。だから人間は自然に触れにいくのである。”

 先日、至誠館の武学の時間に、東日本大震災後の被災地の状況について稲葉稔名誉師範からお話を伺いました。そこでは、天皇・皇后両陛下が被災地をお見舞いされたことで、日本国民がどれほど励まされたかを学びました。このお話を聞いて、昨年ポーランドで起こった致命的な飛行事故を思い出しました。それはポーランドの大統領夫妻をはじめ、陸軍参謀長、外務次官、国会議員ら96名を乗せた飛行機が墜落したものです。この大惨事から一年が過ぎましたが、ポーランドでは未だ、誰を、どのように祈念するかについて、激しく、猛烈な議論が繰り返されています。劇的な死を迎えた人々の魂に向かって、静かに頭を下げることもなく、涙を流して悲しみ、平和の祈りを捧げることもなく。なぜこのような違いがあるのでしょうか。

 日本とポーランドの国旗をそれぞれ見ていきたいと思います。どのような印象をもたれますでしょうか。類似点と相違点は何でしょうか。両者はとてもシンプルで、白と赤で構成されています。しかし日本の国旗には、焦点を集め、基準となる中心があります。

 ポーランドの国旗は水平に分かれており、中心は存在しません。

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 赤と白は、それぞれどのような意味をもっているのでしょうか。赤は、勇敢さや勇気、そして決意の色です。また白は純粋さ、精神性、そして自由を象徴します。このような意味合いから2つの国旗の構成を考えると、白の中に赤の中心がある日本は、精神的に、日々努力する強さを持っていると言えるでしょう。また日々の努力が実になり、自発的な行動をするようになるでしょう。言い換えると、武道の赤が神道の白と共依存していることが分かります。

  一方、ポーランドの国旗では、精神性と努力とは、別のものとして存在しているように思います。直接的な繋がりや、共依存は見られません。16世紀から17世紀にかけて、ポーランドはヨーロッパで最も広い面積を占めた大国でした。しかし、自由と規律のバランスが崩れてしまったため、18世紀には独立を失い、1795年から1918年の123年もの間、ポーランドは地図から消えてしまいました。

 赤と白には他にどのような意味があるでしょうか。白は水、赤は火です。水と火は正反対でしょうか。両者は対立する必要があるのでしょうか。火は水を熱し、食事を作るのに役立ちます。水は蒸発し、空気に変わり、雨となって大地に帰ってきます。また時々、火を鎮めるのに水を必要とします。従って私達にはバランスが必要なのです。生活を維持するために。

 問題は、切り離され、対立していることから生じます。分離、断絶、対立といった問題は、どうすれば解決されるのでしょうか。それは中心を立ち上げ、切り離されたものを繋げるということではないでしょうか。ポーランド人には中心が必要です。中心がなければ、基準とするものがなく、私たちは、たださ迷うことになるのです。何がそのような中心になることができるのでしょうか。何が目印や、足掛り、また支柱のようなものに値するのでしょうか。

 古い信仰でしょうか。確かに、かつてポーランドにそのようなものは存在しました。キリスト教が普及される以前、ポーランドとスラブ地域の信仰は自然と深いかかわりがありました。木、石、森、丘、山、風、大地、水、火など、四季と1年を通した自然のリズムに関係する自然の神々が存在し、男性と女性のようにバランスのとれた個性を持っていました。キリスト教以前のスラブの神々の代表はおそらくこの2つでしょう。

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 三つの頭を持つ神ツシェグウヴと、強力な神シヴィヤントヴィト。


 双子の神、ポレヴィトとポレノトです。おそらく、同じ場所から生じた二つが、それぞれ独立して補足的に作用していること――例えば人間の善い状態と悪い状態のバランスを表しています。 地域の神、ルゲヴィト。あごの下にツバメの巣を持ちます(ツバメは春を象徴する鳥で、新しい命と、一方で死者の魂を表します)。

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 軍隊の神ヤロヴィトと、青年と繁殖の神または女神ヤレワです。


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 スヴァルグとダジブグは、火、太陽、富の神です。


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 嵐の神ペルヌ、月の神ホルス。


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 出産または誕生の神ロドと、運命の神ドザニーツァです。


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 家族の神シェムと農業の神ルゲウです。


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 土地と家庭の女神モコシュ、風の神スツシブグ、水の神ペレプウォトです。


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 冬の女神マルザンナ、森の女神ジェバンナです。


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 そして最後に、地中世界の神、ヴェレスです。魂の世界の神と呼ばれています。

 残念ながら、これらの神々はほとんどが空想に過ぎません。過去のものを復活させることは難しく、実際には不可能です。その大きな理由として、キリスト教が伝わるまで、ポーランドには口語しか存在しなかったため、文字の記録がないのです。また、本来あった宗教団体はキリスト教の普及とともに滅ぼされました。神殿は全て焼かれ、記念碑やお祀りの道具は壊され、川に流されました。神に仕えたものは殺され、祝日は改名され、お祭りごとは一切禁止されました。これらの描写のほとんどは、後世になってから、地域の文化を理解しなかった修道士や、外国人の宮廷作家に主観的に訳され、描かれたものです。そしてほんのわずかな習慣だけが生き残り、田舎の民俗話として姿を変えました。例えば、道脇にある神社などです。このように、古い信仰はほとんどが消えてしまいました。

 では、キリスト教がポーランド人の中心となるのでしょうか。しかしキリスト教は分裂・対立し、今日では100以上の教派と教会から成り立っています。キリスト教の歴史の中で、十字軍や宗教裁判など、多くの暴力行為や権利の侵害が、神の名を使って実行されてきました。教育や思いやり、博愛主義に反し、全く矛盾した行為です。バランスのない断ち切られた両極や、実際の行動と反する教えは、必要でありません。私たちは、本物のハーモニーと、権威のある者が必要なのです。権威のある者が、私たちが理想とする国の機軸となるのです。

 ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、ポーランド人にとって大きな影響力を持っている人物でした。1920年に誕生し、彼は1978年から2005年に死を迎えるまでローマ教皇の位につきました。
 ヨハネ・パウロ2世は並外れた人物でした。
 16世紀以降初めての非イタリア人のカトリック教会の教皇です。バチカンの歴史上、26年間という、3番目に長い司教の任期を満了されました。彼は世界の104カ国を訪れ、日本にも1981年2月に来日されました。ヨハネ・パウロ2世がポーランドに訪れた際、飛行機から降りるとすぐに彼はまずひざまずき、敬意を払いポーランドの大地にキスをしました。彼は500年以来、始めてイングランド国教を訪れ、また初めてイスラム教徒の聖書であるコーランにキスをした教皇でした。
 さらに、教皇を暗殺しようとして銃で2発撃った人物である、メフメト・アリ・アジャと和解もしています。教皇の任期中、1,800以上の人々が、死後その徳と聖性を認められた信者に与えられる称号である「福者」や、聖人になったことが発表されました。そして今年、ヨハネ・パウロ二世は福者として認められ、できるだけ早く聖人に進まれる手続きが行われていると発表されました。

 このように、ヨハネ・パウロ二世は、多くの人々から尊敬されています。なぜならば、彼は世界の人々と調和を目指し、有言実行で、訪れた先では現地の言葉で人々に話しかけました。彼はいつも笑顔で、冗談も言う人でした。また彼は自然を愛し、特に山を好みました。ヨハネ・パウロ二世は、多くのポーランド人にとって、同じポーランド人であるということだけで、かけがえのない存在だったのです。ポーランドでは、ポープ・ザ・ポール(ポーランド教皇)との愛称がつけられました。
 彼以前と彼以降の教皇たちは、私たちにとって、何の権威もありませんでした。ローマ教皇という称号だけでは、ポーランド人のハートをしっかり掴むことができないのです。

 キリスト教の間で矛盾が起きているのではなく、キリスト教には1つの明確な姿がない、ということなのです。他の例を挙げてみると、キリスト教は一神教の宗教で、迷信などは信じないといわれています。しかし、本当にそうなのでしょうか。複雑な理論に深入りしたくありませんが、簡潔に言えば、カトリック教会には三位一体があります。これは父と子と聖霊という3つの神聖な体が、1つの神に存在するという説です。そして多くの神聖なる対象が存在します。例えば天使、守護天使そして国、場所、物、人々、会社、職業、また美徳の保護者である、一万人以上の聖人や福者もです。時々私は、新しい宗教は古い神々を殺してしまったのではなく、古い神々が新しい服を身につけ、姿を変えて現代時代に現れたのではないかと感じます。

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 例えば、聖母マリアです。彼女は父なる神よりも親しみやすい存在で、人々とつながっているように思います。例えば、聖母マリアは女神ではありませんが、ポーランドでは国中で崇拝されています。毎年8月15日は聖母の被昇天(ひしょうてん)の祝日で、ポーランドで最も大きなお祭りの日ですが、一般には聖母ハーブの祝日と親しみを込めて呼ばれており、その年の豊作に感謝する日です。聖母マリアの崇拝は、世界共通の母なる大地への崇拝といえるでしょう。聖母マリアの神域であるヤスナ・グラ修道院は、一年を通して参拝者で一杯です。

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 では、ポーランドと日本の宗教を手短に比較、説明させていただければと存じます。

1.本来のスラブ人の信仰は数百年前に破壊され、現在は存在せず、再生不可能である。
2.キリスト教は近東で生まれた。
3.キリスト教は政治事情で普及された。
4.キリスト教は勢力によって広まった。
5.キリスト教は14世紀まで地域の非キリスト教の信者から抵抗されていた。
6.教会は非キリスト教の聖域の跡地に建てられた。
7.キリスト教の祝日は、それ以前の宗教の祝日と同じような日に制定された。
8.20世紀中頃まで、ラテン語が儀礼用の言語として用いられていた。
9.教会と教皇が直接教え、指導する。
10.キリスト教信者には共通の権威がない。教会や教皇でもない。ヨハネ・パウロ2世は例外であり、また彼がポーランド人であったことが私たちにとって例外であった。
1.神道は太古から続く伝統で、一度も失われたり、破壊されたことはなく、今日も顕在であるする。
2.神道は日本で生まれ、仏教は中央アジアで生まれた。
3.仏教は文化と科学の発展のため普及された。
4.仏教は平和のもとに広まった。
5.仏教と神道は共存し、拒絶し合う事はなかった。
6.仏教の寺院は、新しい場所や他宗教の聖域の近くに建てられ、同じ境内に小さい神社が建っていることもある。
7.新しい宗教と古い信仰は、それぞれの祝日を別にもつ。
8.神道では、いつの時代も日本語が使用されている。
9.天皇が存在し、国民は天皇の姿勢を模範とする。
10.天皇は、日本人として、神道文化を共有する方として、日本人にとって共通の権威を持つ。

 私たちポーランド人は、バランスがなく、分裂し、日本のような明確な中心がありません。王や天皇は存在しません。また大統領や首相、議会を尊敬することもなく、教会を信じることもありません。私たちは、しばしば自然を軽視して破壊します。国民の英雄を疑ったり忘れてしまい、また他人を責めてばかりいます。ポーランド国民は、敵の外国と交戦した場合のみ、一時的に団結し、何らかの中心を立てることができます。もし外国に敵がいなければ、国内に敵を見つけ、国民同士で争いを始めるのです。

 私たちには和の精神が必要です。しかしこれは私たち自身が、他の伝統や他国民から学び、ポーランド文化の奥底から、外見に惑わされることのなく真実を見極めて探し出さなければならない問題のようです。他の文化に触れることは、自分の文化をよりよく理解し、また新しい発見をすること、ポーランド人の潜在意識と文化背景に潜む危険を見つけること、ポーランドの伝統をより豊かにし発展させること、反対に向き合った側が対立するのではなく、お互いに補うことを促進するでしょう。概して、調和の精神を築くことです。私たちには、自然のハーモニーが必要です。私たちの頭と心は空に向かって高くそびえ、大地には足をしっかりとつけ、敏感な身体を真っ直ぐにし、頭(空)と足(大地)を繋げるのです。人生の河に橋をかけるのです。

 私が至誠館武道で見つけたものは、中心を見つけ、中心を鍛えるための具体的な体と心の稽古、自然なリズムと呼吸、体と心の関係・つながり、共依存の重要性、お互いを高めあう関係、生と死の境目で覚悟を決めるための、勇敢でかつ慎重な姿勢。

 至誠館で学んだもの――私たち人間は、自然の一部分である、ということ。精神性は、日常の活動において、ありとあらゆる所に存在する要素であること。宗教や歴史、文化、社会、経済など、共通の背景を持っていることに気づき、それを追求し、そのような共通背景を守り続けることが重要であること。神聖な場所や慣習は、まごころをより一層清め、感謝の気持ちを思い起こしてくれること。
 責任を持ち、謹んで行動すれば、将来の子孫にとって、よい先祖になれること。

 私は明治天皇に鼓舞されました(明治天皇のご治世について講義を受け、学んだこと)。 国と国民を貴ぶこと。 忠誠心を持ち、誠実なリーダーになること。 いかなる困難な状況下でも、できる限り平和的解決を目指すこと。 与えたれた人生を、しっかりと生きること。

 日本よ、貴国は幸運に恵まれています。日本には独自の宝物がたくさんあります。いつまでも守り続けてください。私たちポーランド人は、自分たちの世界を熟考して見つめなおし、地図とガイドブックを確認し、よいコンパスを持ち、共通の意識を持ってスタートしなければなりません。私たち一人一人がまず責任を持って行動を起こし、次に周りの人々に影響を与え、彼らと調和しなければなりません。どうか、ポーランド人にも幸運が訪れますように、お祈り下さい。


アダム・ラデツキ=1970年ポーランド生まれ。合気道三段、鹿島の太刀初伝。ワルシャワ・BUDOJOで合気道と鹿島の剣を指導・稽古している。心理学者。

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