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寄稿「私と武道」
タイトル 写真

研究課題
・ フランスの騎士道
・ 騎士道の変遷
・ 日本の価値観と精神性
・ 現代社会の精神性
・ 自然観・生命・宇宙
・ 武道修養と祓い
・ 日本武道と精神性の回復


 安政5年(1858年)に日仏修好通商条約が江戸で調印されてから150年となる平成20年は、長きに渡る両国の絆が再認識される記念すべき年であった。

 フランスの政治家アンドレー・マルローは、ド・ゴール政権の下で情報相・文化相を務めた人物でもあるが、特使として来日した折に昭和天皇に謁見し、陛下の「なぜ、古き日本に興味をお持ちか?」という質問に対し、以下のように答えている。

 「騎士道を興した民族である我々にとって、武士道が無意味であるはずがありましょうか?」

騎士道とは
 騎士とは、馬に乗った戦士で、高価な甲冑・剣を身に着けている。
 騎士は中世ヨーロッパの封建社会の農民の中から生まれたが、後に兵農分離により農民とは身分的にも階級的にも一線を画すようになる。騎士は、貴族に仕え、貴族の土地や農民を守ることで土地を提供された。しかし今日、騎士はアーサー王物語などの伝説や物語にしか存在していない。

 騎士は、まず貴族に仕え、諸侯の城や土地、人民の防衛にあたった。秩序を守り、正義のために戦ったが、その後、教会に仕えるようになり、イスラム勢力や東方教会に対抗するため、11〜13世紀の間、特に十字軍遠征ではカトリックの軍として神の名の下に戦うようになる。

 騎士になるにはまず、7歳頃から貴族の下で騎士としての教育を受けた。初歩的基本的技術から経験を積み、徐々に武器の扱い方や戦い方を学んでいく。そして、18〜20歳にかけて、騎士になるための叙任の式が行われ、これを終了した者だけが正式な騎士になることができた。元々騎士が貴族だけに仕えていた時代、叙任は貴族が騎士の首の後ろをぽんと叩く「首打ち」だけの、ごく簡単な儀式だった。その後、教会の権威が大きくなり、騎士が教会に仕えるようになると、教会は騎士の掟を作った。その掟とは、忠節・勇気・礼節・賢明さ・信仰・寛大さを重んじることであった。

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騎士道の変遷
 1200〜1600年の400年間は騎士の時代であった。中世(14〜16世紀頃)のフランス社会は大きく、貴族(支配者)、教会(聖職者)、人民(労働者)の3つに分けることができる。これをピラミッドに表すと、下層には人民がおり、上層は貴族と教会が並存していた。

 先に述べたように、騎士はまず人民の中から生まれ、貴族とは、土地や城、農民を守る代わりに住む土地を与えられるという主従関係にあった。教会は当初、騎士の存在を快く思っていなかった。騎士が神のためではなく、トーナメント等で賞金を得るために命を捧げていると見ていたのが、その主たる理由だ。しかし、教会は徐々に騎士団に影響を与えるようになっていく。まず、教会は騎士に、この世で罪を贖えば、来世で幸せになると約束した。そして、教会は掟を作り、これを騎士に教えることで、騎士が教会に忠誠を誓う仕組みを作った。これによって、騎士はますます規律正しく振舞うようになり、それは貴族にとっても望ましいことであった。

 そうやって貴族と教会のために戦う集団となった騎士だったが、人民出身である彼らは裕福な暮らしを営むことはできなかった。しかし、次第に貴族の娘たちと見合い婚をする騎士が出てきた。貴族の娘と結婚した騎士は、その土地を所有し、ビジネスを営むなど利益を得ること可能になっていく。こうした風潮により、騎士は、貴族に属する上層部と人民に属する下層部の二層に分かれていくことになる。その結果、戦場で死ぬのは下層部の騎士だけとなり、戦場で戦わなくても生活できる上層部は、下層部の騎士に命令するだけの存在になった。

 これと並行して、教会は騎士の叙任式等にかかる費用を当初の何倍にも値上げしたため、人民である騎士は、その資金を賄うことが出来ず、騎士になる人口が減少した。またこのような状況の中で、騎士自体が「戦意」を失い、遂に騎士道は衰退していくことになるのである。

 1643年、ヴォルテールの「朕は国家なり」で知られるルイ14世の時代になり、絶対王政の下で国民が支配される時代となるが、これを機に騎士道は衰退していく。王権神授説が唱えられ、中央政権となる政治改革が行われ、また軍制改革でフランス初の国軍(国王直属士官・徴兵制)が創設されたことにより、騎士の衰退は決定的なものとなる。

 貴族がこれまで得ていた多くの権利は取り上げられ、王が唯一の支配者となったが、騎士を所有するのもそういった権利のひとつであった。王に歯向かおうものなら土地や財産など全てを取り上げられたため、貴族たちはヴェルサイユに出向き、王を精一杯もてなすことで自らの保身を図るようになる。

 その後、長年に亘る対外戦争の出費と宮廷の浪費、先代・先々代から引き継いだ累積債務が要因となり、フランスは財政赤字で苦しむことになる。その影響は全て人民が引き受けなければならなかった。貴族は真面目に働かず、教会は金に目が眩み、軍は貧しい人民を助けてくれなかった。そして、ルイ16世の時代になり、国民は自由・平等・博愛を求め1789年、遂にフランス革命を起こすに至る。

 1905年には、政教分離法が制定された。革命後、共和制になったフランスは、もはや国家と教会が一体である必要がなくなったのだ。その後も、教会はたびたび政府に圧力をかけたが、お金に縛られる聖職者の姿に、多くの国民はただ呆れるだけだった。

 国家と教会が分離することで問題になったのは、教会の役割であった道徳・精神教育がなされなくなり、そうした価値観を持つことが個人の意思に任されるようになった結果、国民の道徳的・精神的意識が希薄になったことだ。

 今日のフランス社会においても、教会の教えは歴史の一環としてごく浅く扱われるだけで、仮に教師が深入りしようものなら、「生徒を改宗したいのか」と学校からバッシングを受けることすらあるのである。

日本の価値観と精神性
 フランスと違い、日本では神道と武士道が今日も存在している。また、茶道・華道など、日本特有の伝統文化は生活の一部となっているものがほとんどである。長い歳月を経ても、日本は、このような価値や精神を失っていない。神道は宗教ではなく、創造者も経典もない。神道は日本人の生活の一部であり、禊をすることによって、自然に、永遠に、再生されていく。

 ここで、一本の木と一本の道を例にとって考えてみたい。

 この道は人生の道とも言える。木は美しい枝を持ち、葉を茂らせ、時間と共に枯れ枝・枯れ葉となって地面に落ちる。国際神道文化研究所の伊藤課長が講義の中で教えてくださったように、私達は、地に落ちた枯れ枝・枯れ葉を箒で掃くが、これを禊とする。葉は土に還り、木に栄養を運び、また新しい葉を芽吹かせる。枯れ葉の命がまた違う形で再生され、このサイクルは何度も自然に繰り返される。古くなった葉を完全に捨ててしまうのではなく、新しい命のために利用するという考え方。この命の流れを矢印で表すと、リサイクルの図と重なる。

 神道の考え方とは「再生すること」で、この命のサイクルそのものである。そのように考えれば、私達は至るところに神道を見ることができる。

 生命は昨日今日始まったものではない。何億年の歳月をかけて、様々な命が誕生してきた。約137億年前、全ての生命の始まりといわれているビッグバンが宇宙のどこかで起きた。そして46億年前、地球が誕生した。地球上にはプランクトンなどの微小の生命が誕生し、魚、鳥、動物、そして人間に姿を変えながら進化してきた。神道は、神職や神社が作られたことによって生み出されたのではなく、生命の誕生、ないしはそれ以前から存在し続けているのだ。

 木の年輪を例にとって考察してみたい。年輪は毎年一層一層重なって、それぞれの層は違う形を成している。時間の流れと共に、元々あるものに新たな層が重なって包み込み、厚く、大きくなる。一番外側の層は、最初のものと共通点が少なく、中心との繋がりを失っている。人の場合も同じである。年を重ね、成長するごとに、一つ一つの層が重なる。外の世界から見える外側の層は、たくさんある層の仲でももっとも異なる形であり、年輪と同様、中心との繋がりを失っている。しかし、この層は全て自分の一部なのだ。

 命は、どこにでも見つけることができる。私たちの体や心を構成している目に見えない小さな原子や分子、DNA、そして最も大きい宇宙に至るまで、全てに命が宿っている。神道は、至るところに存在するのだ。

 では、どうすれば時間の流れと共に重なった層を突きぬけ、中心部分と外界を繋ぎ、一つにすることができるのだろうか? 精神的な何かが、元々持って生まれてきた心に触れることは可能だろうか。外側だけ禊をするのは簡単だが、内側の層を通して元々の部分を禊することはとても難しい。

 ここで、武道の意味を、漢字から考えてみたい。「武」は、「止」と「しきがまえ」から構成され、「矛を止める」という意味を持つ。そして「武道」は、「矛を止める道」と書く。

 今日の社会には、実際の戦場もなければ、騎士や武士もいない。しかし、私達は戦いをやめてはいけない。武道は武士道であり、人生の戦いである。私達は現代の戦い――現代の武士道を、意志と志を持って突き詰めていかなければならない。

 では、人間の例をとり、武道が私達をどのように導いてくれるのか、どのように中心と外側の層を一つに繋いでくれるのか、考えてみたい。

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 人間は、元々+のエネルギーを持って生まれてくる。しかし、外の世界には−エネルギー(穢れ)が多くあるため、何もしなければ、時間と共に+のエネルギーは失われていく。

 では、武道の修練を通じて、何がおこるのだろうか。三種の神器の一つである神聖な剣を、人間に持たせてみる。しかし、そのままでは中心部分まで行き届かない。なぜなら、この人間は、表面的な心のまま剣を振っている状態だからだ。これでは、せっかくの剣が持つ+エネルギーが中心まで運ばれない。

 では、真心を持って剣を握るとどうだろうか。透き通った水のように、純粋な心を持って剣を振れば、中心まで剣が近づき、自分を見出すことができる。そして、自分の中心と外界を再び繋ぐことができるのだ。

 これは、神道の祓いである。ひとつひとつの層を突きぬけ、心から外の状態がはっきり見えるようになる。自分の敵は誰か、なぜ戦わなければならないのか、見分けることができるようになる。と同時に、外側の−エネルギー(穢れ)を清め、自分だけでなく、周りの人も、敵も、清め祓うことができるようになる。

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 その代表的な人物が昭憲皇太后である。皇太后は、赤十字の活動などを通じて世界中の人々の+のエネルギーを引き出された。

 昭憲皇太后御歌
  しげりたるうばらからたちはらひても ふむべき道はゆくべかりけり

 「あなたの信念が教えてくれる道を前進し、決してその道から反れないでください。行く手にどんなに困難な障害があったとしても、それを乗り越えなければならないのです」ということを、この歌は教えてくれる。

 まず武道の修練を通じて、自らの本心を見出す。そして、神の意思を知る。自らの意思が神の意思に一致するところを目指し、今後も武道の修練を続けていきたい。


アリス・フェネロルム=1983年生まれ、フランス・パリ出身。テレコミュニケーション関係の仕事に従事する。仏国エラニー道場に所属し、合気道講師も務める。合気道三段・鹿島の太刀初伝。

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