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寄稿「私と武道」
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サンクトペテルブルクって千葉の幕張みたい?

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 夜の8時。手荷物がくるくる回って出てくるサンクトペテルブルク空港のガラス張りの壁から眺める外は「真っ昼間」の状態だった。皆の荷物が揃ったところで出迎えて頂いたミニバスに乗り込み合宿先へ向かう。私はロシア的な景色を見ようと車の窓にへばりついたが、平らな茶色い土地とたまに建てかけの高層住宅があるくらいで、ここがロシアなのかはたまた千葉の埋立地なのかと交錯してしまうくらいであった。

 宿泊施設に到着する頃にはすっかり暗くなり、翌8月1日の道場の設営と祭典の準備のため、皆早々に休んだ。今回のセミナーが行われたのはサンクトペテルブルク中心部から離れたフィンランド湾沿いにあるスポーツ施設。サンクトペテルブルクというキラキラした印象とは程遠い、まっ平らな海と真っ直ぐな木々がどこまでも続くハイウェイ脇のキャンプ場だ。

 率直に言ってしまうとお世辞にも”近代的総合スポーツ施設”とはいいがたい設備。

 しかし、武道の鍛錬であれば緑と海があれば稽古には十分! といいたかったのだが…

 道場を設営するために金属のトタン張りでできた「体育館」という名の建物を下見した時のこと。寒い土地柄だろう、通気性は二の次三の次で、窓は片方の壁面上方に小さく開いているのみである。そこに、地面全体に敷き詰められた舗装材からの匂いと思われるケミカル臭がたち込めていて、息を吸う度に意識が少しずつ遠くなる気がした。

ココデ ケイコ デスカ?

酸欠の、悪くなったアタマはそう呟いていた。



驚いたのは神棚の凄さ

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 それでも、いざ道場設営に取り掛かると、環境のことも忘れて作業に没頭した。

 ロシア中からかき集められたという大量の畳を皆で運び、また神棚のための白布を壁にかけてゆく。作業が進むにつれ、あれ程息苦しかった感じも薄らぎ、ケミカルな匂いも和らいでいることに気がついていた。畳をきれいに拭き上げるにつれ、空気まで磨かれている気さえする。そして振り返れば壁の白布の上には掛け軸がかけられ、立派な祭壇ができ、トタン張りの体育館は今や立派な道場である。

 次の日には更に立派な神籬(ひもろぎ)--この地に凛と佇んでいた立派な若松の枝が祭壇の真ん中に鎮座していた(私はこの神籬がとても格好良くて大好きで、セミナーの期間中よくよく眺めてはうっとりしていた)。

 げんきんなことに私の気持ちもすっかり「今日からここで稽古ですね!」となっている。お祭りでみな心をひとつにして、このセミナーの安全と成果を祈願をすれば、もうここは、みんなの道場となった。

 毎日ぴかぴかに掃除をして、感謝する場所となったのだ。



そしてISBAセミナーは始まった

 荒谷先生はセミナーの最初に、「ここにいない人に感謝する」ことをお話しされた。

 こうしてたくさんの国から70名近くこの会場に集まり、セミナーを開催できるようにするまでに影で尽力してくださった多くの人を想うこと。この、今、という時の真ん中に至るまでの多くの人々の営みと想いを感じながら、また同時にそれと同じ長さをもつ今より先の時空間の存在への責任を実感しながら、最大限の「今」を実践して行くこと。またこのセミナーに私が今回初めて参加できたのも、海外で武道を真剣に志す人々と、それに応えたいと思う歴代の館長や指導者の方々との真誠の結びが連綿と受け継がれてきたからこそ。そしてこれを次へ繋げて行けるか否かは今回参加する一人ひとりの、つまり私の「今」にかかっているのだ。この自覚を促してくださったことは、私にとって大変意義があった。

 また、セミナー期間中に他国の参加者の方々と接して行くなかにも改めてこの交流の歴史と想いを感じることができた。そして、ここで学んだことを多くの人に伝えるのだという役割を強く自覚し実践している人が多くいるのを知った。わたしも入門してある程度した頃から、こんないい所もっと皆に知らせなくては思ってきたが、全く効果的な営業活動を成し得ていない。これいいのよ〜だから一緒にやりましょうよ〜とまでは言っても、具体的な詰めができてない。よろしかったらどうぞ、までは言えても、次の行動を導くまでのその一手が足りてないし、まぁそんなに強引に勧めてもなぁなどと思ってしまう。

 欧米の方々、つまりキリスト教的布教方法で言えば、いいものを多くの人に勧めないのは「罪」であるが故、私の有り様は全くもって怠慢で罪深い存在であろうと思う。彼らを見ていると、間口の広さ、個々人へのお膳立てと誤解を恐れない、そしてぶれない信念、を感じる。それらは間違いなく第三者に強い影響をもたらすものだ。だからこそ、この日本から遠いこの地に何十カ国もの人々の心を繋ぐ組織を創り得たのだと思う。そして私も見習って行動するべきだと思った。

 話は変わるが、今回色んな人達と組太刀をたくさんする機会を頂いた。それに加え大変光栄な事として、このセミナーの集大成である個々の基本太刀・裏太刀の演武の受けをさせて頂いた。本当に未熟で申し訳ないのを前提としながらも、やるからにはと気ばかりは満ち、大変充実した時間であった。
 組太刀の際、最も印象に残るのは瞳である。私が組太刀が好きなのはそのせいもある。組太刀の際、皆様々な表情をする。いつもとは違う表情だ。そして瞳がいつもより少し深くなる。青い瞳はより透明な青に、瞬きもしない黒い瞳は油がかった黒い光に・・・それらは、とてつもなく読めなくスリリングだ。それに呼応するのは己の瞳。互いにその瞳の奥で探り合う。文明的な礼節を前提に、原始的で本能的な能力が必要だ。演武では、その凝縮した結果を分かち合えた・・・気がして爽やかな心持ちであった。



サンクトペテルブルクは千葉ではなかった

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 セミナーの4日目に市内をバスで訪問。名所を数カ所とボートトリップ、その間に昼食と70人もの人数を連れてこの文化研修を遂行するだけでもさぞかし大変だったであろう。全てが滞りなく、素晴しい日帰り旅行であった! ウラジミールさんスパシーバ(ありがとう)! それでもまだこの時はサンクトペテルブルク中心部は千葉の幕張から訪れた浦安のディズニーランドみたいなものかしらと思っていたが、セミナーの後、個人で一週間このキラキラした街に滞在し、その美しさと歴史のおもしろさに虜になってしまった。観光をして判ったのが、私がどれだけロシアもソビエトも知らなかったかという事。説明されたり、ガイドブックを読んだりしても歴史の前後、状況が頭に入っていないので説明される側から抜けて行く…。

 それでも、そんな能書き以上に建物も道行く女性も美しく、ロマンチックだし、食べ物もおいしいし、親切だし、で、全く楽しいばかりである。コサックダンスが見たくて、豪華な民族舞踊ショーも見に行った。男性4人の美しいアカペラ。陽気な調べと楽しい踊り。ショーの合間にふるまわれるウォッカとシャンパンのおかげで私もうっかり踊りだしそうであった。

 よくあることだが、私のロシアへの興味が増大したのは帰国してからだ。楽しかった旅を思い出しながら、行った場所について調べ始める。特に驚いたのはコサックダンスはコサックダンスという名前ではなく、ホパークという名前である上にロシアではなく、ウクライナの舞踊であるということ。何にもあってないではないか…、と多少呆然としたものの、軍事的共同体としてのコサックに再度興味を覚える。優秀な騎兵隊コサック、日露戦争で戦うコサック、ロシア白軍コサック、大鵬のお父さんはコサック、プーチンはコサック復権運動を支持しているらしい…など、コサックというキーワードを通して見るだけで今迄と違うロシアが見えてきた。サンクトペテルブルクに行ったなら訪問しなくてはならないエルミタージュ美術館。ここが美術館以前に宮殿であり、この宮殿広場で皇帝へ異議申し立てをしたため起こった血の日曜日があり、十月革命があり、スターリン哀悼集会があった場所だってことは、帰国後知った。

 エルミタージュ美術館も巨大だが、その建物前の宮殿広場は巨大すぎて思わず笑ってしまう程だ。東京ドームがまるまる入る広さに、めぼしい建築物はアレクサンドル塔というオベリスク(記念碑)があるばかりである。樹木やベンチだってない。徹底的に広くて平らで何もない場所なのだ。あれがまさに歴史の大舞台だったのだなぁと感慨深く思い返した。またロシア革命前後の視点をもって歴史をたどっていくと世界史がぐっと解りやすくなり、帰国してから暇さえあればロシアに関するドキュメンタリーばかり見ている。秘密めいた国ロシア、ソビエトがぐっと身近に感じるようになった。



世界の人が求める日本を知る

 セミナーを通して、色々な国の人と武道の話、国の話をした。当然だが皆日本に、武道に大きな関心と好意をもっている。

 まるで自分が褒められているように嬉しい気持ちになる。と同時にその気持ちを裏切らない様に行動しなければとも思う。

 世界から見た日本の視点でもう一度日本を見る、日本人としての自分を見直す、この海外研修にはそこに大きな意義があるのだと考える。

(平成25年9月 記)


にしかわ・あゆみ=平成19年入門、現在合気道二段。ウェブデザイナー。

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