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寄稿「私と武道」
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 至誠館で稽古されている武道は日本の文化、中でも神道に極めて強い繋がりを持っています。他人に対して慎重に、敬意を持って取り組む武道の姿勢は、私の心を照らしてくれます。それ故に、武道とスポーツの混同はありえないでしょう。今回の来日を通して、なぜ至誠館が明治神宮の外苑でなく内苑にあるのかが明確になりました。そして、西洋で我々がみる武道は、武道全体の中の大きな氷山の一角に過ぎず、実際は大変奥の深いものであり、武道における理解を得るには日本の文化を学ばなければならないということも明確になりました。そのためには、日本の文化を学ぶための日本語の習得が必要不可欠でしょう。しかし、日本語の知識や、日本文化についての理解がそれほどなくても、至誠館の精神である“至誠を尽くすこと“という門人の心得を理解することで、今回の海外武道研修プログラムが、精神的な成長につながる、非常に有意義で価値の高いプログラム内容であることに気づきました。

母国イスラエルの問題
 私の母国イスラエルは、闘争と国内外の暴力で分裂しています。怒りや不満等の感情表現や自己規制の欠如が社会レベルで大きな問題となっています。私の家族や友人たちがそうであるように、私自身も幼少期から青年期にかけて、この問題に直面しましたが、残念ながら現状ではこのような暴力が我々の未来の一部になると思われます。そして、このような経験は、時に平和な暮らしをする人々との交流を困難にすることがあります。そんな中で、武道は様々な面において有効に活用ができるでしょう。私は、イスラエルの社会においても、至誠館での稽古や明治神宮を通じて学んだ所作、また、忍耐力や自己規制といった重要なメッセージを多くの人々に伝えることができると信じています。

 今回来日して神道と武道を学び、私は大変良い研修を受けることができました。その中でも特に、「自己規制」と「協力」に関連する教えについて、私は着目しています。何かあった時に冷静な判断や行動をするために、常に準備をしておくという考えは、特に大事であると思います。私は、至誠館で学び実践する武道が、このような考え方を植え付けるのにとても役立つ手段である思います。特に危険が迫っている時は、冷静な行動をするために少し時間をとることが、反射的に反応するよりもずっと重要な場合もあるのです。しかし、この考え方を正しく伝えるには、精神を鍛える稽古がなければなりません。西洋では、この武道の精神面が欠落しているように思います。

 至誠館では、武道における精神面が神道であります。当初、私は、神道の祭典に参列することに不安がありました。私の宗教であり文化であるユダヤ教では、唯一神論でアニミズムや多神教の宗教に対しては強く反対しています。ですから、神道の儀式に対しても身体的に抵抗をすると考えていました。しかし、驚いたことに、いざ祭典に参列するとそのような戸惑いは全くなく、むしろ心地よい空気さえ感じました。教義を信じたり、信仰者になるよう要求されたりすることがないのです。神道では、神学的な義務付けが存在しないことが、素晴らしいと思います。「神道は祭りの宗教」と教わりましたが、神道は「宗教」ではなく「実践」そのものなのでしょう。これは、私が今まで出会った宗教観と全く異なるものです。神道では、厳格な規制や考え方がないために、幅広い多様性と自由がうまれるのです。神道の思想で私が重要だと思うのは、生きとし生けるものに対して感謝を示すことです。命は、当たり前に存在するものではありません。これは私自身、深く共感しています。

至誠館武道は明治神宮内苑の一部
 私は、日本での滞在を経て、至誠館武道は明治神宮内苑の一部である、と気づきました。西洋で行われているのはいわば外苑のスポーツであり、武道とは言い難いのです。そう言えば、日本の武道には精神性があり、日本人の精神性は、日本人でない人々にとって武道は不可能だという結論を招いてしまうのかもしれません。しかし、私が気づいたのは、内苑は排他的でも神道布教活動の場だけでもなく、自分の精神を内苑の武道に近づけ一体化させることで、自分自身の武道が内苑武道になるのだ、ということです。それをどのように実践していくかは、将来的な挑戦でしょう。

 ヨーロッパに住む多くの人達、特に武道に携わる人々は、神道について興味を持つと共に十分に理解しにくいものとして捉えている印象があります。というのはヨーロッパの人達にとって神道とは右派傾向の強い政治、戦いを好み、外国人を拒絶しているとさえ耳にしたことがあります。しかし、私はそれとは違った印象を受けました。日本での生活は大変濃いものであったため、多岐にわたるテーマについて語ることができますが、私が選んだテーマは「感謝の文化」です。日本での滞在は、私が今まで気がつかなかったもの──神道と武道における深い考えに根ざすもの、「感謝の文化」を大発見できる機会でした。帰国後は、スイスの道場の人々にこのことを伝えたいと思います。

 今回の武道研修期間に日本で得た経験のひとつひとつが深く心に刻まれることになりました。これまで、出身国であるイスラエルをはじめ、イギリス、フランス、スイスなどで生活をしてきましたが、日本ほどこれまで生活した国々と異なる文化に出会ったのは初めてです。中でも、「調和」の精神は心を和らげてくれました。最もよい例として、稽古の後の道場掃除は、この調和された連携で門人によって素早く効率的に行われます。まだこのような物事の進め方に馴染めていませんが、今後も実践していきたいと考えています。このように調和・共存の要素を持つ日本社会がどのように構成されているのか、自分自身に問いかけてみました。

よりよい将来のための教育
 私にとって明治神宮で過ごした貴重な時間のひとつは、毎朝、日の出前に御本殿まで歩いて杜の中で過ごすことでした。神宮の杜は自然の様相を呈していますが、実は人工の杜だったことを知り非常に驚きました。中でも素晴らしいのは、植林された人工の杜から自然の杜になるまでの自然の営みであり、これは教育の過程にも同じことが言えるのではないでしょうか。

ピエール・ラビ(イスラム教からキリスト教に改宗し人間性の回復を長年説いてきたフランス人作家)とマイケル・ヴァレンティン(ピエール・ラビの友人)は、人間性と自然の将来についての考えを共有し、次の二つの重要かつ補助的な問題を簡素で的確に提起しました。「我々は将来どんな地球を子供たちに残していくのか。そして、どんな子供たちを我々の地球に残していくのか」。至誠館における青少年の練成では、子供たちに対する指導員の方々のきめ細やかなご指導が心に残っています。座り方や立ち方など、最も基礎的なことから指導をされていました。これは青少年だけでなく、初心者の練成でも同じことが言えますが、今日の子供は明日の大人であり、子供たちの教育の細部に目を向けることが不可欠だという認識が極めて重要です。世界中の道場でこのような指導が実践できれば、子供たちの将来は明るいものになるでしょう。

将来について
 至誠館で見学した青少年稽古で学んだことを、私が通う道場でも実践したいと思います。また、今後ISBAとして活動をしていくために、ヨーロッパのみならずアフリカ、南米、オーストラリアなど、より広い地域に活動を拡大する時期が来ていると思います。

 もっと謙虚に人生を生き、自然や家族、そして社会に対して感謝をすることができるなら、私たちは幸福を得ることができるのではないでしょうか。




ジョナサン・ウィッツタム=1968年生まれ。哲学博士。イスラエル出身で現在はスイス・ジュネーブのSDK道場にて武道の修養を積む。合気道弐段。

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