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寄稿「私と武道」

 ちょうど家に帰ってきたところだ。風呂に入り、熱いお茶を飲み、横になり思いを馳せた。窓の向こうでは、雪の上を走る車の音が聞こえるが、それにしても静かだ。床に稽古着の入った袋が転がり、稲葉館長の名前が入った、寒稽古と禊を行った者に与えられる証書を手元におき、しみじみと眺めた。人生で初めての経験であった。寒稽古とは、禊とは、どのようなものであるのだろうか。

 稽古を共にした全員の人たち、そしてその人々の輪を思い出す。彼らのおかげで私は寒稽古に耐え、何か大きなものを理解することができたように思う。私を感嘆へと導いた先生、若者、子供や年をとった人等、皆のことを考える。

 車を走らせていた朝の6時、上着の裾からはみ出た稽古着が車のライトをあびて真っ白に反射する子供を見た。まだ夜も明けていない暗い中、毎日子供の手を引いて連れてくる母親たちのことを考える。毎朝我が子を見守りながら待っている母親達を見ると、社会とその意義を支えているのは女性であると思わずにはいられない。

 寒稽古の本質とはなんであろう。幸いにしてこちらは集団で行ったが、自然との衝突、決闘のようであるという気がする。真冬の夜明け時、まだ暗いうちから冷え切った空間で行い、終わる頃には明るくなっている。寒稽古の本質とはなんであろう。幸いにしてこちらは集団で行ったが、自然との衝突、決闘のようであるという気がする。真冬の夜明け時、まだ暗いうちから冷え切った空間で行い、終わる頃には明るくなっている。

 冬の朝は起きるのがつらい。服を脱ぎ、裸足で稽古場に入り、足の裏が冷たさで痛くなり、その冷たさが今度は体の芯に到達するのもとても耐えがたいものである。どうにかして動いていなければならない。しかし、少し動いたところで、寒さや冷たさを追い払うことなどできない。それはあたかも生き物であるかのように襲ってくる。

 「それ」と直面した時、とたんに逃げたくなる衝動にかられ、通常の状態であれば逃げおおせるだろう。しかし集団で稽古を始めると、私の周りにいる人達の中で「それ」から逃げようとする人はいないのである。

  ここでいよいよ自分の中で葛藤が生まれ、自分の中で闘いが始まる。何度も自分の中で「もう充分」、「もう嫌」という声が聞こえてくる。かと思えば、「もう少しやってみよう」という声も響いてくる。
この時というのは、私達がまだ疑い、何も知らない時なのである。夏にはさかんに物事をよく考え、想像し、技術においていろいろな挑戦をするものである。ところが、冬はそういったゆとりが無くなる。根本から、活動の幅は狭まってしまっている。


 寒稽古とは、新たなる技の獲得等は目的にしていないように思う。
 集団の中に属していることという、目に見えない力。決して親しみやすいとは言えない冷たい大地や空気との共存。自然とは、美しいだけではない、とても厳しいものであるということ。そういった、既に知っていることのさらなる熟成という意味合いが、寒稽古には含まれているのではないかと考える。

 大寒の間、自然の移り変わりはぴたりと止まり、夜明けの時間帯には「生」が全く感じられないほどに世界がしんと静まりかえっている。しかし、人間はあえて動こうとし、自分達が体熱を持つ温かい動物なのだと再確認し、温かさと人生とは何物にもかえ難い宝物なのであると知る。
 動き、稽古、文化、リズムは、集団の中であってこそ得たものなのだということを知る。
 一人で稽古をすると寒い。しかし、集団でやってみるとだんだんと温かくなってくる。



 まだ何かが治まらない。震えだ。
もう温かい我が家にいるのに、横になり休んでいるというのに、でも私の中で何かが震えている。震えとは?

禊――これは、清らかな身体の核部分を覆い包んでいる、表の層を一枚ずつ取り除く作業、つまり身を削ぐことであると、稲葉先生がおっしゃった。

数日前に、たまたまテレビでやっていた、中国に生息するパンダのドキュメンタリー番組を見た。勇気あるカメラマンが、母親パンダとその腕の中に抱かれている子パンダの側ぎりぎりまで寄り、奇跡的な映像を撮ることに成功した。子パンダは母親の腕の中ですやすやと眠っており、ピンク色の小さい足の裏が見えているだけであった。夢を見ているのか、その足が微動をし、わずかにはずむような動きをした。何気ないその瞬間に私はハッとした。純粋な動作、反応、命とはなんと繊細で美しく、凝縮されたものであるのかと。

これこそ命の象徴的な像であるように感じた。命は輝き、そして震えている。

私が明治神宮で二回目の禊を終えた時、この子パンダの足の裏の鮮やかな色と動きを思い出した。皆の顔を見た。目や肌は命の輝きに溢れ、とても清らかであった。目のきらめきの中にはっきりと魂が震えているのを見た。日常いたるところで見られるものではない。しかし、1月22日土曜日の朝、私はそれを自分の目で確かに見たのだ。

禊によって私達の穢れは取り除かれていく。だが、どのようにして?

ぞっとするような寒さの中をまず走る。
寒々しい中、固い地面の上を皆で一つになって息を合わせ、一緒に走る。その後、男性はふんどし一枚、女性は白衣の姿で木の下に立ち、舟漕ぎを始める。水の代わりに空気、舟の代わりに自分の身体、そして両手を櫓に見立てて漕ぐ。寒すぎて、からだの芯から冷えきってしまう。もっと強く漕がなければ。

大きな声で歌いだすと、振動や、その歌のことばの摩擦などで、身体の中から徐々にぽかぽかとしてくる。清らかさ、光、神々、大地、空について歌う。



 一度目の水かけは、目を覚ますような感覚だ。目覚めよ! と。せっかく軽減されたかに思えた寒さが、たちまちよみがえり、今度はびっちりとしっかり肌にまとわりつく。と同時に、自分の中で何かが爆発する。身体の中心でおこった反動はエネルギーを帯び、息とともに強くなり、上にあがり、そして雄叫びとともに外へ出る。

 清浄な道場、開けきった窓、そこから木が見える。中央には皆と私。もはや私と皆を分けることはできなくなっている。これは一つの個体となってしまっている。たくさんの肉体や目から成る、一つの大きな生き物。声、雄叫び、息、歌が一つとなった、「皆と私」という生き物。舟を漕ぎ、水をかけると、震え、鼓動するのは「皆と私」。水をかける度に、身体の何かが剥がれ落ち、一体となった震え、温かみ、湯気がますます大きく目に映る。

 この、「舟漕ぎ」とはなんだろうか。何に由来するのだろうか。水をしたたらせ、裸足で立つ私の脳裏をよぎったこと、これは大勢で耐え忍んだことの記憶、であると。昔の時代、人々は集団で凍るような海を渡りきらなければならなかった。最後までそれに耐えることができたのは、皆で力を合わせお互いに一つになったから。「舟漕ぎ」とは、その時代に由来するものではなかろうか。
 そして、自分の中で、とても奥深いところで漕ぐことも意味する。最初の息から、もっと深く、深く。


 この日、明治神宮も、その姿を白衣でまとった。雪があたりを覆いつくし、静けさに満ちていた。木々もその枝にはちまきを結んだ。至誠館に走りながら戻る時、私達は何かに見つめられているように感じた。  

ヤドヴィガ・ロドヴィッチ=駐日ポーランド共和国大使館公使参事官。能に関する著 書もあり、ポーランド屈指の日本専門家。熱心に合気道と鹿島神流武術の稽古に励みながら、日本とポーランドの文化交流を、武道を通しても行っている。

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