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寄稿「私と武道」

 

 

 

 ワルシャワ演劇大学および劇団「ガルジェニツェ」(※1)でのワークショップ(※2)指導のため、一昨年に引き続き、この2月、ポーランドを訪ねた。ワークショップ参加者は、役者や役者を志している人たちばかりなので、日常的に武道に触れているわけではない。そこで、指導にあたっては「技」そのものだけでなく、そこに込められている精神性を伝えようと努めた。同じ役者として、また人間として、私自身が日頃の修練から得たものを自分なりに伝えたわけだが、そのことが結局は武道の魅力を再確認することにも繋がったように思う。
(※1)ポーランド東部のガルジェニツェ村を本拠地とし、国際的な活動をしてい
る劇団。現代の欧米演劇界に多大な影響を与えている。
(※2)企画立案は、武道研修科門人であり、ポーランド大使館公使参事官である
ヤドヴィガ・ロドヴィッチさん。


呼吸を伝えるのに代々木雅楽会で習った龍笛を


 一昨年来、ワークショップでは「リラックスと集中」を一貫したテーマとしている。上体の力みを抜いて腹(臍下丹田)に集中することで効果的に力を発揮できるという武道の基本は、演劇にもそのまま通じるものだと思う。「腹に集中すること」は、言い替えれば、「核となるものを揺るがせないこと」でもある。役者にとってのそれは「役の心を宿すこと」であり、それさえしっかりとしていれば、手足の動き、台詞のテンポや声の大小などは自然に生まれてくるものであって、わざわざどうこうしようと考える類のものではない。裏を返せば、その核なしにどんなテクニックを駆使したとしても、表面的で「嘘っぽい」芝居になってしまうともいえる。

 また、舞台の上やカメラの前で緊張や恐怖を感じたとき、それにとらわれずに気持ちを腹に鎮めることができれば、そこから自由になることができる。ワークショップでは合気道の体術と鹿島神流剣術を並行して教えているが、体の使い方は同じでも、剣を持った途端、多くの人は気持ちが剣に取られて浮ついてしまう。ある女子学生は、木剣で組太刀を稽古した際に、正面から打ち合うのが「こわい」と、すくんでしまった。そのときにも話したのだが、緊張や恐怖を感じること自体は、決して恥じるようなことではない。むしろ危険を察知するために人間にとって不可欠な感性だろう。重要なのは、それに飲み込まれて心と体の自由を奪われないことだ。そのためには、緊張や恐怖を腹に鎮め、リラックスすることが必要となってくる。

 これは剣を一般的な人間関係や社会における「困難なこと」と置き換えても、そのまま相通じることにちがいない。目の前の障壁に対してやみくもに襲いかかり、ちからずくで突き崩そうとすれば、自らも大きなダメージを受ける。しかし、そこで気持ちを鎮め、肩の力を抜き、視野を広げてそれを見つめ直すことができれば、思いもかけないところに進むべき道が見つかるかもしれない。


ガルジェニツェでは雪の中で朝稽古


合気道は、力による攻撃を同じく力ではね返すタイプの武道ではなく、相手の力を柔らかく受けとめて自分が崩れないことを第一義とする。そのため、自ら攻撃したとしても、相手が上級者であればあるほど、なにをされたのかわからないうちに自分が崩されてしまう。「格の違い」は結局、腹への集中度の高さによって決まってくる。

 現代では日本人であっても、日頃から「腹」の意識を持っている人はさほど多くはないと思うが、ましてやヨーロッパ人にとってはまったく初めて出会う概念だといえるだろう。取り出して見せられるものでもないこの感覚を、果たしてどこまで伝えられるのか不安だったが、参加者からはこんな反応が返ってきた。

「歌うときに喉の周りに力が入ってしまい、どうやって抜いたらいいのかわからなかったが、今回腹のことを知って、解決の糸口が見えてきた」
「腹が大事で、あとはリラックスするというのは芝居でも同じ。舞台の上で『足が嘘をつく』という言葉ある。いくら表面的に取り繕っても本質を掴んでいなければ、足はごまかしがきかない、という意味だ。こういうトレーニングを毎日でもしたいが、そういう場がないのが残念」
「武道というのは相手を打ちのめすことを目的にしていると思っていたので、自分には疎遠なものだった。が、自分が崩れないことこそが本質なのだとわかり、またそれが自分の中にある恐れや弱さとの戦いでもあるのだと知って、身近になり、好きになった」
「我々ヨーロッパ人はいつも力を使ってどうしようかと考える。日本人は、穏やかで、忍耐強く、リラックスしながら心も体も集中している、これらがすべて同時に成立していることに驚嘆する。これは、芝居にも役立つ」

 私が武道を始めて、十数年になる。長い年月をかけ、雨だれが岩を穿つがごとくほんの少しずつ体得してきたものを、わずか数日から10日間ほどしか稽古していない彼らが、少なくとも言葉の上ではここまで掴んでしまっている。そのことには微かなジェラシーさえ覚えたが、同時に、心の奥にふつふつと喜びが湧いてくるのを感じていた。彼らの言葉は、武道の持つ普遍的な魅力、底力をまざまざと私に見せつけてくれたのだ。

 私たち日本人の祖先が生きるか死ぬかの戦いの場から生み出してきた武道。それが、時空を超えて現代のポーランドの若者たちに理解され、共感され、彼らを魅了している事実を肌で感じ、私自身の心も揺さぶられていた。そのことは私の中に、日頃指導して頂いている先生方へはもちろん、さらなる先人たちへの感謝の念を湧き起こさせた。そして、さらには、若輩ながら私自身もまた脈々と受け継がれてきた伝統を担うひとりなのだということを自覚させられ、そのことに誇りを感じずにはいられなかった。

かつらぎ・なみ=東京大学合気道部入部と同時に至誠館武道研修科に入門、合気道(現在四段)と鹿島神流を学ぶ。俳優。自然環境問題への取り組みをライフワークに、森作り、米作りの活動に参加。予備自衛官(公募)。
http://www.katsuragi-nami.com

 

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