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寄稿「私と武道」


 外交官生活もすでに30年以上が過ぎ、あと数年を残すのみとなった。

 外交官と言うと世間一般には、ワインやパーティーなどと、華やかな職業と思われているようだが、実際には転勤、転勤、それも言葉や文化・風習の違う国を数年毎に移動していく生活で、家族には大いに迷惑をかけてきた。特に子供たちは、やっと言葉ができるようになり、学校になじみ、友達ができたと思うと、その友達に別れを告げなくてはならない悲しみの積み重ねの中で生きていくことを余儀なくされてきた。

 そのような生活の中で、良かったと思うことは、様々な国・民族を観察するチャンスに恵まれたことである。そして、各々の国々、その時々の表面的な現象の奥に、一本の太い縦糸のように貫いている歴史の力とも言うべきものも見つめることができた。

現在、国境を越え、民族を超え、確実に我々の生活を突き動かしている一つの力、それはこの頃どこに行っても耳にするようになった「グローバル化」だ。飛躍的な技術革新の中で、世界は急速に小さくなっている。国境を越えて、異質な文化、宗教、人間の触れ合いが、人間の対処能力を上回るスピードで増大している。そして、接触と融合の中から新しいものが生まれつつある。同時に、異質なものが触れ合うが故の衝突や摩擦が、世界中の人々の日常生活を脅かしている。
このような求心力と遠心力の働き合う世界を、自らの眼で観察することができたのは、海外勤務を職業とする者にとってのプラスの面であったと思われる。


インドネシアでおこなった武道交流に招待した
メガワティ大統領を迎える筆者


 国内と海外での生活を繰り返す中で、至誠館の名誉館長、館長、道場の皆さんを通じて、日本武道との出会いがあった。明治神宮の深い森の静謐さの中で、日本古来の武術と生き方を学ばせて頂いたことは、何と幸せなことであっただろう。何よりも大切なことは、武道の中に日本人だけのものと言うには収まりきれない普遍的なもの、世界の人々により共有され得べき秀れた術と精神性を見出したことである。

 グローバル化の下での異質なものの触れ合いの中で、新しい世界文化が少しずつ生まれつつある。軍事力や経済力といった「力」に身を委ねていれば、行きつく果てはアメリカ的と称せられる画一性が支配する国際社会であろう。世界の多くの人々が求めるものは、そのような画一性ではなく、普遍的価値を共有しつつも、お互いに異質であることが尊重される多様性のある社会ではないかと思う。また、そのためにこそ我々は努力して行かなくてはならない。


真剣太刀合をおこなう筆者(=左)


  最近よく「ソフト・パワー」という言葉を聞くようになった。「文化の力」と呼んでも良いかも知れない。「文化の力」で世界に貢献することを、様々な民族が競うべき時代に入ったと思う。もちろん、これからも世界各地で軍事的・経済的衝突が起こり、人類はこれに翻弄されていくであろう。我々日本人も「ハード・パワー」の世界で身を守ることを知らなくてはならない。しかし、長い長い眼で見れば、「文化の力」「ソフト・パワー」――生き方と言っても良いかも知れない――で世界の人々から理解され、尊敬されなくては、本当の意味で国を守り、民族を守ることはできない。

 我々日本人は、すでに多くの分野で世界文化を豊かにすることに貢献してきた。禅宗や美術、日本料理などは、すでに普遍的なものの一部を構成するに至っている。今、武道が急速な勢いで世界の人々の関心を呼び起こしている。日本人として誇りに思って良いことであろう。しかし、残念なことに多くの場合、武道の極く一部の側面、つまり赤裸々な力の競い合いの術として受けとめられているように思う。そうした面が海外の人々に好まれるということもあるが、恐らく責任の一端は海外に赴いて武道を教える日本人の一部にもあるのであろう。



 私が至誠館で教えて頂いたことは、そのような赤裸々な力の競い合いの術ではなく、生死の境に身を置いた時の一人の人間の生き様、出処進退であったように思う。至誠館での稽古の一瞬一瞬に、日本人が何百年、何千年かけて蓄積してきた生き様が凝縮しているように思われる。

 そして、このような武道は、もはや日本人だけのものを超えて、世界の人々に普遍的なものとして受け入れられる次元に達していると言える。日本人のように「水と安全はタダ」という社会に生まれているのではなく、日常生活が生命の危険と隣りあわせとも言える多くの国々の人々にとっては、日本の武道は正しく学べばそのまますんなりと、つまり全人格的に入っていける道であるように思われる。

 我々のこれからの課題は、このような武道を、日本的特性を維持しつつも普遍性を与えていくこと、つまり体と心の動き、更には言葉の力を通じて、世界の人々に向けてより力強く、より分かり易く語りかけて行くことではなかろうか。



真剣太刀合をおこなう筆者(=左)

いいむら・ゆたか=フランス兼アンドラ大使。昭和44年(1969)外務省に入り、パリ、モスクワ、ワシントンなど欧米勤務を重ね、昭和55年代半ばには、マルコス政権崩壊からアキノ政権成立にかけてフィリピン大使館に勤務。経済協力局長、官房長などを経て、平成14年からインドネシア大使に。インドネシア大使在任中に「日本の伝統武道・心と技」と題した国際交流もおこなった(平成16年。国際交流の欄に詳細記事)。激務のかたわら、鹿島神流武術と合気道の錬成に励む。

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