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コラム「大和心」
タイトル

 いま日本の武道は、世界中に広がり、日本人以外の指導者が増えている。この動きに精神性があるのだろうか。

 ある、だからこそ広がっている。

 その理由を明らかにして、言葉にすることは難しいが、武道に志す人とそうでない人との違いはある。日本の武道は、神道と同じように、特別に精神性を論(あげつら)うことをしないが、武道を修する人は、何らかの精神性を追求している。

 それは外国人にもあてはまり、武道の感化力は確かにある。向上心があり、精神的深みもある。そこで共通した心がふれあって、刺戟しあい、人間関係が広がって、深まっていく。それを武道の修養による神道の“むすび”の力といってもよい。

 現代の武道の国際化には、そうした傾向が読みとれる。

 精神といっても、霊的な問題も入るから、明確な言葉で表わせるものでない。ただ人間の意志(目標)が、時が経ち、経験を重ねる中でだんだんと目に見える形になって、より強くなる。

 武道の精神性とは、ある意識のもとに、日常的な試練を重ねていくうちに、言葉となり、行動になって具体化してくるといえるだろう。したがって、いかなる意識の下に、実践していくかが大切になってくる。

ドイツでの海外武道講習
 今夏の至誠館を中心としたISBA(国際至誠館武道協会)関連道場による海外講習は、ドイツ・ベルリン近郊のシュトラウスベルグという総合スポーツ施設でおこなわれ、10カ国、101人の参加者が集って、7日間の日程でおこなわれた。成果は大きかった。

 主催者はアニタ・ケーラー女史(合気道五段、鹿島の太刀初伝)で、ドイツ国内で数ヵ所の道場を運営、自ら指導もしている。5月に開かれた日本での指導者講習に来日しており、茨城の鹿島神宮に参拝、奥多摩の御嶽神社の禊行も体験して、神道的な武道修行の理解が一段と進んだ。このシュトラスベルグ研修の企画は彼女に負うところが大きい。

 武道の精神性の涵養を問題とすると、研修の始めと終わりの神事が欠かせない。西洋的な心身二元論から生まれるスポーツ場は、肉体を鍛える場であって、精神を修養する場ではない。だから体育施設は立派でも、日本武道の求める静謐を保ち、祈りを実践する場所となっていない。そこで神前をしつらえ神事をとりおこない、心身一元の修行の場として、日本の道場以上に祓(はら)い清めの儀式をおこなうことは益々大切なセレモニーとなっていて、海外研修の報告書には必ず記録していることである。

 今回も神棚の設置の位置について、管理者側と問題が生じたが、最終的に落ち着いた位置に神棚を据えることができたのはありがたかった。それで全体の指導がスムースにいった。

 前半3日間の実技指導(6回)は私がおこない、武術の基礎を講義、実修、さらに道場、屋外の両面から内と外の実感に重きをおいて稽古した。さらに後半3日間(6回)は荒谷館長が剣術と柔術を初伝から中伝までを3組にわけて、外国人指導者が適宜指導、育成できるように指導がおこなわれた。結果として、心身の修練の過程と方向性をつかめたと思う。

 中日には、ベルリンのドイツ国防省を訪問、二人の男女広報官の案内で諸施設を見学したのは、武道研修の内容と相関連して、精神性探求の面において、興味ある企画で国際武道研修の一つの方向性を示したものとなった。

 午前は、国防省慰霊碑と、殉教者記念碑(1944年のヒットラー暗殺に失敗して処刑された5人の軍人の碑)。次に新装なった国会(連邦議会議事堂)。そして午後は、ノイエ・バッハ(新衛兵所)という有名な戦没者慰霊施設(日本なら戦没者の英霊を祀る靖國神社)に表敬し、全員で献花したのは、意義ある行事であった。

 ノイエ・バッハは1816年、プロイセン王フリードリッヒ・ウィルヘルム三世の時に建設された衛兵所で、1931年に第一次世界大戦の戦没者慰霊施設に改造され、1960年「ファシズムと軍国主義の犠牲者のための追悼所」として再開。

 1993年ドイツ再統一後は、「国立中央追悼施設」に改装した経緯がある。

 私は、30年前の1981年、ベルリンが東西に分断されていてここがソ連圏にあった頃に訪れたことがある。“ファシズムと軍国主義”との言葉が冠せられているものの、(東西に分かれていても)ドイツ国軍の「無名戦士の廟」としての輝きを保持していたように感じた。

 建物前では、東ドイツの国家人民軍の衛兵が立ち、戦前と同様に毎水曜日に衛兵交代式がおこなわれていた。

 私はその衛兵交代式を写真に収めた。

写真
ノイエ・バッハ前での衛兵交代式 <1981(昭和56)年>

 1981(昭和56)年当時、靖國神社を国家護持しようとの問題は暗礁に乗り上げ、公式参拝問題となって、年々国家国民の精神性は混迷の中に入っていた時期であった。

 そこにはヨーロッパの厳しい国家意識の継承に比較して、戦後の靖國神社問題に見る日本人の国家意識の甘さというか稀薄さをみた思いがした。

 今日の武道国際化の探求は、ヨーロッパ各国に見る戦没者追悼施設。ドイツのみでなく、フランスの凱旋門、イギリスのウェストミンスター寺院内にある無名戦士の墓、ポーランドの国立「無名戦士の墓」等の歴史を学びながら、国家のために尊い生命を捧げられた英霊に連なる精神性を育むことは、大切なことであろう。そしてこの点で最も国家意識が低いのは、武道を海外に発信する日本人であることも明記しておきたい。

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