5月2・3日に「春の大祭」が行われます。
祭典では、世界平和を祈る昭和天皇の御製(ぎょせい)からつくられた神楽「浦安の舞」が舞われます。
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5月2日(土) 午前10時 春の大祭 第一日の儀 5月3日(日・祝) 午前10時 崇敬者大祭
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大祭期間中は、「舞楽」や「能・狂言」などさまざまな伝統芸能が奉納されます。
※雨天の場合、奉祝行事等場所が変更になります。
- 奉祝行事(予定)
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4月29日(水・祝) 午前11時 舞楽 於:神前舞台 5月2日(土) 午前11時45分 能・狂言 於:神前舞台 5月2日(土) 午後3時45分 邦楽邦舞 於:神前舞台 5月3日(日・祝) 午前9時 弓道大会 於:武道場至誠館第二弓道場 5月3日(日・祝) 正午 三曲 於:神前舞台 5月3日(日・祝) 午後2時30分 薩摩琵琶 於:神前舞台
4月29日(水・祝) 午前11時 舞楽 神前舞台
奉納/楽友会
※写真はイメージです
「振鉾(えんぶ)」
周の武王(ぶおう)が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を討って天下の平定を誓った様を象(かたど)ったものといわれています。舞楽会(ぶがくえ)のはじめに奏するのを例とし、天地の神々や先霊を祀(まつ)る意味があるとされています。左右一人ずつの舞人が舞台に登り、笛、太鼓及び鉦鼓(しょうこ)のみの演奏により舞います。それぞれ襲装束(かさねしょうぞく)、鳥甲(とりかぶと)を纏(まと)い、右肩を袒(ぬ)ぎ、鉾を両手に持って舞います。
「桃李花(とうりか)」(左方の舞)
唐の高祖李淵(りえん)の頃に作られた草木を主題とする21曲の中の一つといわれ、桃花最盛の3月3日に曲水(きょくすい)の宴(えん)で奏された曲ともいわれています。
もとは内教坊(ないきょうぼう=唐の高祖が設置した制度に倣い、宮中に置かれた女子のための技芸の教習所)の女舞です。左方の四人舞で、舞人は蛮絵装束(ばんえしょうぞく)を着て、冠に花を挿して舞います。
「抜頭(ばとう)」(右方の舞)
天平年間、今から1200年ほど前にインドのバラモン僧、菩提僊那(ぼだいせんな)、林邑(りんゆう)の僧、仏哲(ぶってつ)によりわが国に伝えられたといわれています。
その昔の西域で親を襲った猛獣が子を捜し求めて、ついにその仇(あだ)を討ち、喜ぶ様を表した舞であるとされています。
左方と右方の双方にある一人舞ですが、今回は右方の舞いを演じます。
舞人は、眉をつり上げた赤い面をつけ、毛べりの裲襠(りょうとう)装束を着け、右手にばちを持って舞います。
「長慶子(ちょうげいし)」
醍醐天皇の孫・源博雅(みなもとのひろまさ)の作といわれている名曲で、慶祝の意を表し、慣例として舞楽会の結びに奏されます。曲だけで舞はありません。
5月2日(土) 午前11時45分 能・狂言 神前舞台
奉納/能楽協会
※写真はイメージです
半能「敦盛(あつもり)」
熊谷直実(くまがいなおざね)が僧となり、蓮生(れんしょう)法師として一ノ谷の合戦で手をかけた平敦盛(たいらのあつもり)を弔(とむら)うため、その古戦場を訪れます。
そこで出会った草刈りの男と言葉を交わすと、実は敦盛のゆかりの者だと言い捨てて姿を消してしまいます。僧は夜もすがら念仏を唱えていると、敦盛の霊が現れ、平家の都落ちへの感慨などを語り、最後の戦の有様を見せ、直実の弔いを喜び、姿を消してしまいます。
本日は半能の演出で、後半の敦盛の霊の登場、戦の場面を中心にご覧いただきます。
狂言 「口真似(くちまね)」
余所(よそ)からいただいたお酒を誰かと飲みたい主人。その飲み相手として、太郎冠者(たろうかじゃ)が連れて来たお客は酒癖が悪い人らしい。太郎冠者は主人に「言う通り、する通りにしなさい」といわれ同席しますが、その言葉通り、主人の口真似をしてしまう太郎冠者でした。
■敦盛 半能(金春流)
【シテ】本田 芳樹
【ワキ】村瀨 慧
【笛】成田 寛人
【小鼓】大山 容子
【大鼓】安福 光雄
【後見】山中 一馬
【地謡】髙橋 忍 辻井 八郎 山井 綱雄
中村 昌弘 雨宮 悠大 後藤 和也
■口真似 狂言(大蔵流)
【シテ】大藏 教義
【アド】大藏 彌太郎 大藏 基誠
【後見】上田 圭輔
5月2日(土) 午後3時45分 邦楽邦舞 神前舞台
奉納/日本舞踊協会、長唄協会
※写真はイメージです
長唄「多摩川(たまがわ)」
明治41年に長唄の演奏曲として初演されました。東京を流れる多摩川にまつわる名所や風景、川辺に生きる人々の情景が情緒豊かに描かれています。川で布をさらす様子を二枚の扇子を使って踊るところなど、日本舞踊ならではの表現が随所に盛り込まれています。
長唄「七福神(しちふくじん)」
江戸市村座で初演され、長唄の中でも最も古い曲の一つと言われています。「七福神」の名前のとおり、おめでたい踊りとしてよく上演される日本舞踊の人気演目です。古風ながらも賑やかな趣きもあり、特に間の早いところは、踊りとしての見どころです。
■多摩川
立方 花柳 智寿彦
■七福神
立方 花ノ本 寿
【唄】和歌山 富朗 杵屋 勝彦 東音 野口賀功
【三味線】杵屋 弥佶 東音 高橋智久 東音 田中湧堂
【囃子】堅田 喜三久 堅田 喜三郎 望月 太左幹 望月 左太助
【笛】福原 百貴
5月3日(日・祝) 午前9時 明治神宮奉納遠的弓道大会 至誠館第二弓道場
奉納/東京都弓道連盟
※写真はイメージです
5月3日(日・祝) 正午 三曲 神前舞台
奉納/日本三曲協会
※写真はイメージです
山田流箏曲「嵯峨の秋(さがのあき)」
明治初年、大阪の菊末検校(きくすえけんぎょう)が作曲。
『平家物語』の「小督(こごう)」のくだりを題材としています。高倉帝(高倉天皇)の想い人である小督局(こごうのつぼね)は平清盛に追われ、嵯峨野に隠れ住みます。それを帝の命(めい)を受けた源仲国(みなもとのなかくに)が探し歩き、そして名月の夜、小督の弾く“想夫恋(そうふれん)”の曲の箏の音をたよりに探し当てる、という場面を描いています。いわゆる明治新曲を代表する曲で、箏の器楽性を前に出し、独特な調弦(ちょうげん)が特色の手事物(てごともの)です。
生田流箏曲「桜川(さくらがわ)」
曲名となる桜川は茨城県西部を流れる川で、その上流の西茨城郡岩瀬町(現桜川市)はシロヤマザクラの名所です。また、日向国(ひゅうがのくに・宮崎県)で、東国人に身を売った桜子を訪ね探して狂女となった母と桜子が再開したという謡曲「桜川」の伝説の地としても知られています。
歌詞は謡曲より一部を引用していますが、全体に曲調は明るく、陽春の頃に花びらが桜川の川面に散る美しさをうたっており、華やかな手事物で地歌の名曲のひとつです。
■山田流箏曲「嵯峨の秋」
藤井 千代賀 社中
■生田流筝曲「桜川」
福田 栄香 社中
5月3日(日・祝) 午後2時30分 薩摩琵琶 神前舞台
奉納/友吉鶴心
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曲名:湖水乗切(こすいのっきり)
天正10年(1582)、山崎の合戦の敗北を注進するため、琵琶湖を馬で乗り切り、その愛馬との別れを惜しんだ明智左馬助(あけちさまのすけ)の物語です。