春の大祭 春の大祭

春の大祭 祭典

新型コロナウィルス感染症対策のため、参列のご案内を自粛いたしました。

5月2日(日) 午前10時 春の大祭 第一日の儀
5月2日(日) 午後 2時 春の大祭 第一日夕御饌の儀
5月3日(月・祝) 午前10時

崇敬者大祭

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春の大祭 奉祝行事

大祭期間中は、「舞楽」や「能・狂言」などさまざまな伝統芸能が奉納されます。
奉祝行事につきましても、新型コロナウイルス感染症対策のため、特設舞台は設置せず、外拝殿にて粛々と御祭神に奉納されます。

奉祝行事(予定)
5月1日(土) 午前11時 舞楽 於:外拝殿  
5月2日(日) 午前11時45分  能・狂言 於:外拝殿  
5月2日(日) 午後 3時45分 邦楽・邦舞 於:外拝殿  
5月3日(月・祝) 午前9時 弓道大会 於:武道場至誠館第二弓道場 中止となりました
5月3日(月・祝) 正午 三曲 於:外拝殿  
5月3日(月・祝) 午後2時30分 薩摩琵琶 於:外拝殿  

舞楽

5月1日(土)午前11時  舞楽  外拝殿

5月1日(土)午前11時  舞楽  外拝殿

奉納/楽友会

「振鉾」

振鉾(えんぶ)は、周の武王(ぶおう)が殷の紂王(ちゅうおう)を討って天下の平定を誓った様を象ったものといわれ、舞楽会(ぶがくえ)の最初に舞われるのを例とし、天地の神々や先霊を祀る意味があるとされています。
左右の舞人一人ずつが舞台に登り、笛と太鼓 および 鉦鼓(しょうこ)だけの伴奏により舞います。

左方舞 「賀殿破」

仁明天皇の承和年間(834年~848年)に、遣唐使判官 藤原貞敏が、唐の琵琶の名手と名高い簾承武(れんしょうぶ)に琵琶の教えを受け、琵琶の譜面を日本に持ち帰り、その琵琶譜から、笛師の和邇部太田麿(わにべのおおたまろ)が笛の譜を作り、林直倉(はやしなおくら)が舞いを作ったとされています。

右方舞 「敷手」

曲は、高麗から伝わった高麗楽三調子(壱越調、平調、双調)のうちの壱越調の中曲で、天皇元服の時に用いられたといわれています。
右方の四人舞で、舞人は舞の途中向かい合わせに跪いて蛮絵装束の右肩を脱ぎ、四人の舞人が舞台を廻るところから別名「廻庭楽(かいていらく)」ともいわれています。
「賀殿破」と「敷手」は、どちらも新築落成等の慶事で萬歳楽と共によく演奏されます。左方の四人舞いで襲装束(かさねしょうぞく)の右肩を脱ぎこの舞専用の甲をかぶり、静かにゆったりと舞われます。

「長慶子」

源博雅(980年没)の作といわれている名曲で、慶祝の意を表す曲とされ、慣例として舞楽会の結びに舞楽吹(ぶがくぶき)で奏されますが、曲だけで舞はありません。

能・狂言

5月2日(日)午前11時45分  能・狂言  外拝殿

5月2日(日)午前11時45分  能・狂言  外拝殿

奉納/能楽協会

半能「田村」

京都清水寺で、一人の少年が清水寺の縁起を語り、実は坂上田村麻呂であると名乗り、姿を消してしまいます。僧が読経を始めると、田村麻呂が甲冑姿で現れ、東夷征伐に成功して勝利出来たのも、観音の力のお陰であったと語ります。 半能では後半の田村麻呂の活躍を中心に演じられます。

狂言 「舎弟」

舎弟とは、実の弟のことをいいます。
兄より日頃「舎弟、舎弟」と呼ばれ、この「舎弟」の言葉を知らなかった弟は、兄に不審を抱き、とある人に良い意味なのか、悪い意味なのかを尋ねに参ります。
教え手は、兄弟げんかをさせてやろうと弟に嘘を教えます。「舎弟とは、人の物を案内無しにそっと袖にくらべる」つまり盗人だと聞かされた弟は腹をたて、兄の家に抗議に出かけます。自分を盗人扱いしていたと勘違いをしている弟ですが、兄の日頃の行いこそが盗人だと兄をからかいます。

田村

【シテ】 中村 昌弘
【ワキ】 福王 和幸
【笛】  栗林 祐輔
【小鼓】 清水 和音
【大鼓】 大倉 栄太郎
【後見】 髙橋 忍   井上 貴覚
【地謡】 辻井 八郎   山中 一馬   山井 綱雄   本田 芳樹    政木 哲司    後藤 和也

舎弟

【シテ】大藏 教義
【アド】大藏 基誠  善竹 大二郎
【後見】大藏 彌太郎

邦楽邦舞

5月2日(日)午後3時45分  邦楽邦舞  外拝殿

5月2日(日)午後3時45分  邦楽邦舞  外拝殿

奉納/日本舞踊協会、長唄協会

長唄 「松の翁」

三世杵屋正治郎が、駿河の富豪の別荘に招かれ滞在した時、その庭園のみごとさに感嘆して作詞作曲しました。富士山の眺めを愛でながら、この別荘の主の健在を祝ったものです。
文明開化が叫ばれる明治10年の作品で、歌詞にも新しい文句が使われており上品かつ格調のある曲です。

長唄 「鶴亀」

作曲の名人と謳われた長唄の十世杵屋六左衛門が、同名の詞に曲をつけたものです。もともとは演奏用の曲ですが、その後、踊りの振りがつけられました。荘重で格調高いお祝いの曲です。

松の翁

立方 花柳 輔蔵

鶴亀

立方 若柳 薫子
【唄】  松永 忠次郎   杵屋 巳之助   杵屋 喜太郎
【三味線】松永 忠一郎   今藤 政十郎   松永 忠三郎
【小鼓】 藤舎 呂英   住田 福十郎
【太鼓】 梅屋 右近   堅田 喜三郎 
【笛】  鳳聲 晴久 

弓道

5月3日(月・祝)午前9時  明治神宮奉納遠的弓道大会  至誠館第2弓道場

10月30日(金)午前11時30分 三曲 外拝殿

奉納/東京都弓道連盟

※緊急事態宣言発令に伴い、弓道大会は中止となりました。

三曲

5月3日(月・祝)正午  三曲  外拝殿

5月3日(月・祝)正午  三曲  外拝殿

奉納/日本三曲協会

山田流箏曲「惜春」

水辺の桜花が、緋々紛々(ひひふんぷん)と花びらを水の上に散らし、さかりの春もやがて過ぎる。漢詩にうたわれているような春の一刻の情景を脳裏に描いて作曲されました。第一筝が花の散る情景を表現しています。

生田流箏曲「八千代獅子」

竹と松と雪が唄い込まれているおめでたい曲です。間奏は獅子の喜び狂う様を表したもので、素直で上品で華やかなのでよく演奏されます。元来尺八の曲でしたが、政島検校(けんぎょう)が胡弓にうつし、藤永検校が三絃にうつしたとされています。

山田流箏曲「惜春」

山川 園松 社中13名

生田流箏曲「八千代獅子」

川瀬 露秋 社中15名

琵琶

5月3日(月・祝)午後2時30分  薩摩琵琶  外拝殿

5月3日(月・祝)午後2時30分 薩摩琵琶 外拝殿

奉納/正伝士風薩摩琵琶士弦会

「屋島の誉れ」

東海の仙山、蓬莱山になぞらえて、泰平の代を祝うものです。国歌「君が代」に由来とも言われており、薩摩琵琶の古曲とも親しまれております。

「吉野の奥」

楠木三部作のひとつで、楠木正行の最後の決意を記した琵琶歌です。 楠木正成の息子である楠木正行は、父の死後、楠木一族の棟梁となります。
尊氏の武将、高師直を討つために四条畷に出陣する正行は、後村上天皇に別れを告げます。そのおり房の扉に矢じりで、「帰らじとかねて思えば 梓弓 なきかずにいる名をぞとどむる」と己の運命を悟ってその覚悟を書き留めました。

屋島の誉れ

【作詞】橋本 錦亀
【弾奏】橋本 光葉    徳 将城    中村 光彩    桑島 梟城

吉野の奥

【作詞】 井上 徳定 禅師
【弾奏】 津和田 岳聖

【総括】 森園 史城

※5月9日に予定しておりました「第144回明治記念綜合短歌大会」は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、開催を中止いたします。