父帝ご命名の祐の井――ご降誕

 明治天皇は、孝明天皇の第二皇子として、嘉永5年(1852)9月22日(陽暦11月3日)京都にご誕生になりました(ご生母は中山忠能(ただやす)の娘・慶子(よしこ))。ご幼名は「祐宮(さちのみや)」、御名を「睦仁(むつひと)」と申し上げます。現在も京都御苑内の一角に旧中山邸跡が遺(のこ)っていますが、そこに「祐の井(さちのい)」という井戸があり、御門内の西の方には簡素なたたずまいの御産屋(うぶや)があります。

 

 わがために汲みつとききし祐の井の

      水はいまなほなつかしきかな

 

  天皇は後年になって、このようにお詠みになっていますが、この井戸は天皇がご誕生になった翌年(嘉永6年)の夏、大変な日照りのために京都周辺の井戸がことごとく涸(か)れてしまい一滴の水も湧かないときに、外祖父で養育係の中山忠能が邸内に苦労して掘ったものです。地上から約11メートルほど掘り進みますと、日照りでも滾々(こんこん)と水が湧き出て、近在の人々にもへだてなく汲み与えましたので、この井戸のおかげで渇きを免れた人が大勢いたといわれています。これをお聞きになった孝明天皇がたいそう喜ばれ、その井戸に「祐の井」と命名されたと伝えられています。

 

 

【祐の井】

父帝ご命名の祐の井――ご降誕