はじめの百年。これからの千年。まごころを継ぐ 永遠の杜をめざして はじめの百年。これからの千年。まごころを継ぐ 永遠の杜をめざして

ご逸話であおぐ 明治天皇さま 昭憲皇太后さま 令和四年(2022)明治天皇百十年祭 令和六年(2024)昭憲皇太后百十年祭 令和4年7月30日、明治天皇百十年祭を迎えます。明治45年に崩御されてから110年。そして2年後の令和6年4月11日は、昭憲皇太后百十年祭です。両御祭神のご逸話(エピソード)を掲載します。聖徳を仰ぐ端緒となることを願います。
ご逸話であおぐ 明治天皇さま 昭憲皇太后さま 令和四年(2022)明治天皇百十年祭 令和六年(2024)昭憲皇太后百十年祭 本年7月30日、明治天皇百十年祭を迎えます。明治45年に崩御されてから110年。そして2年後の令和6年4月11日は、昭憲皇太后百十年祭です。両御祭神のご逸話(エピソード)を掲載します。聖徳を仰ぐ端緒となることを願います。
砲弾の雨の中のお見舞い
砲弾の雨の中のお見舞い
これはご成婚前のお話ですが、明治元年の早々戊辰戦争が起こり、京都で新政府軍と旧幕府軍が激しい戦いをくりひろげました。御所の御門は固く閉ざされ、それぞれ警護の武士が詰めておりましたが、正月3日、戦いはにわかに激しくなり、砲弾の飛び交う凄まじい音が、当時の皇后のお住まいであった一條家邸内の女御館にも響きわたりました。
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皇后冊立――簡素なご婚儀
皇后冊立――簡素なご婚儀
ご容姿が美しく、お振る舞いが上品でお淑やかであるばかりでなく、人一倍熱心に学問に励まれる姫君のご様子は、日に日に周囲の評判となりましたが、不幸にも文久3年(1863)11月、14歳の時に父君を失い、その後父のごとく慕われていた兄・実良も慶応4年(明治元)4月に亡くなり、一條家は深い悲しみに暮れました。
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稲穂の実り
稲穂の実り
昭憲皇太后は小さい頃から聡明でいらっしゃいましたが、どちらかと言えばやんちゃで、決しておとなしいほうではなかったそうです。
学問の先生は貫名海雲という人で、皇后は7歳の時から、姉君たちと机を並べて漢学の勉強を始められました。
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父君の訓戒
父君の訓戒
一條家に仕えた松田はるゑは、昭憲皇太后ご幼少のころを次のように語っています。一條家の躾の一端がうかがわれます。
陛下はお小さいとき魚がお嫌いで、京の水菜の漬けたものや浅草海苔など、あっさりしたものがお好きでした。
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ご降誕
ご降誕
昭憲皇太后は、嘉永3年(1850)4月17日(太陽暦5月28日)、従一位左大臣一條忠香の第三女として京都でご誕生になりました。はじめの御名は勝子といい、富貴君と称されましたが、後に壽栄君と改められ、入内にあたり明治天皇より美子と賜りました。
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