日露戦争最中の歌御会始

 

 明治38年は日露戦争の最中(さなか)でありましたが、宮中では恒例によって1月19日に新年歌御会始(うたごかいはじめ)が開催されました。

 この年のお題は「新年の山」でした。午前10時に鳳凰の間においてまず預選歌が披講され、会場は厳粛な空気に満たされました。

 その時、講師(こうじ)が「山梨県平民陸軍歩兵二等卒大須賀(おおすが)昌二妻、まつ江」と呼び上げますと、参集した一同は意外な入選者の名前を耳にして思わず顔を見合わせました。明治天皇も式中はいつもは微動だにされませんが、この時ばかりは講師の方を向かれて読み上げられる歌をじっとお聞きになっていました。講師が、

 

  つはものに召出(めしいだ)されしわが背子(せこ)は

                  いづこの山に年迎ふらむ

 

と読み上げますと、一同はぐっと胸を打たれた思いでうつむきました。天皇もひときわ感慨深くお聞きになった様子で、のちにこの詠進歌を題材とされたのか、お歌にも、 

 

  あらたまの年たつ山をみる人の

       こころごころを歌にしるかな

 

とお詠みになっておられます。

 

【新年の富士山】

日露戦争最中の歌御会始