傷のない玉
天地(あめつち)もうごかすばかり言の葉の
まことの道をきはめてしがな
明治天皇はお歌の道に格別の努力をなさいました。ご生涯を通じて政務の暇(いとま)に詠まれたお歌の数は実に約10万首。いにしえの勅撰和歌集である二十一代集に万葉集などを加えても4万首に満たないのですから、おひとりで詠まれたお歌としては大変な数です。宮中の御歌所長(おうたどころちょう)をつとめた高崎正風(たかさき まさかぜ)は、天皇のお歌について、
「古今に和歌の名人はたくさんあるが、聖上(おかみ)の右に出るものはいない。実に聖上は歌聖(かせい)でいらっしゃった」
と偲んでおります。
きずなしといはれむ玉をひろはむと
ことばの海にたたぬ日もなし
天皇のお歌は格調が高くおおらかで、あたかも水が流れるようにお詠みになり、何のご苦心もされなかったかのような印象をうけますが、実際はずいぶんご努力を重ねられたようです。このお歌にありますように、「傷のない玉を拾いたい」とおっしゃるのは、立派なお歌を作りたいというお気持ちがこめられていて、そのために1日たりとも、なおざりにはしないという強いご意志が表されています。
なすことのなくて終らば世に長き
よはひをたもつかひやなからむ
このお歌は崩御の年に詠まれたもので、ご生涯における最後の御作とされています。
明治天皇はみごと維新の大業を成し遂げられ、幾多未曾有の困難を国民と力を合わせて克復(こくふく)し、近代日本のいしずえを築かれましたが、ご晩年になってもこのようなお歌のように、「無為に一生を終わるならば、長生きする甲斐はない」といわれて、たゆむことなく日々を積み重ねることの大切さをさとしておられます。私たちは普遍の人生訓としてこのお歌を心に刻み、天皇の大御心にかなうよう鋭意努力してゆかなければなりません。
【明治天皇宸筆御製 孔明(明治神宮所蔵)】
「孔明 たつのふす岡のしらゆきふみわけて草のいほりをとふ人やたれ」

※宸筆(しんぴつ)=天皇が自ら筆を執って記した文書のこと