はじめの百年。これからの千年。まごころを継ぐ 永遠の杜をめざして はじめの百年。これからの千年。まごころを継ぐ 永遠の杜をめざして

ご逸話であおぐ 明治天皇さま 昭憲皇太后さま 令和四年(2022)明治天皇百十年祭 令和六年(2024)昭憲皇太后百十年祭 令和4年7月30日、明治天皇百十年祭を迎えます。明治45年に崩御されてから110年。そして2年後の令和6年4月11日は、昭憲皇太后百十年祭です。両御祭神のご逸話(エピソード)を掲載します。聖徳を仰ぐ端緒となることを願います。
ご逸話であおぐ 明治天皇さま 昭憲皇太后さま 令和四年(2022)明治天皇百十年祭 令和六年(2024)昭憲皇太后百十年祭 本年7月30日、明治天皇百十年祭を迎えます。明治45年に崩御されてから110年。そして2年後の令和6年4月11日は、昭憲皇太后百十年祭です。両御祭神のご逸話(エピソード)を掲載します。聖徳を仰ぐ端緒となることを願います。
歌御会始と御講書始
歌御会始と御講書始
新年の歌御会始は皇室行事のなかでも国民との関わりが深い行事で、現在も毎年1月中旬に開かれています。
歌会の歴史は古く、平安時代の村上天皇の御代にまでさかのぼりますが、現在のように国民が広く詠進して毎年おこなわれるようになったのは明治時代以降のことです。
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維新の英霊を祀られる
維新の英霊を祀られる
靖國神社は明治2年に、明治天皇の思し召しによって創建された社で、もとは「東京招魂社」と称しましたが、明治12年に現在の社号に改められました。
嘉永6年(1853)以降、勤王の志士たちや戊辰戦争に殉じた御霊を祀ったのがその創始とされ、以来現在までに国家のために尽くし殉難された英霊246万余柱をおまつりしています。
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神宮のことを第一に
神宮のことを第一に
明治天皇のお歌に、

わがくには神のすゑなり神まつる

     昔のてぶりわするなよゆめ

とあります。天皇は国家の君主として、ご生涯にわたりよく敬神の道を実践されました。
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孝明天皇のご遺志
孝明天皇のご遺志
ご幼少の皇子は、ご生母のもとで日課を終えて昼食を済まされると、まず准后(英照皇太后)の御殿で行儀よくご挨拶をしてから父帝(孝明天皇)の御殿に上がりました。
父帝からは、毎日「郭公」とか「秋月」といったお題をいただいてお歌を清書され、幟仁親王が拝見して良いお歌には点を入れました。
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ご生母の厳しい躾――中山慶子
ご生母の厳しい躾――中山慶子
明治天皇は5歳のときに中山邸から御所の若宮御殿にお移りになり、そこでご生母中山慶子から教育を受けられました。
習字は有栖川宮幟仁親王が、読書は伏原宣明がそれぞれ師範を勤めておりましたが、日常の稽古は読み書きともにご生母が指導いたしました。
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気骨ある養育係――中山忠能
気骨ある養育係――中山忠能
明治天皇の外祖父・中山忠能について、幕末の志士・橋本左内は「公家のなかで最も男らしい人物」と評価しています。
明治維新当初の財政難を解決するために、参与の横井小楠が皇室の予算を削減することを主張しましたが、忠能は「臣下みずからが節約の努力をしないで、陛下にそれを求めるとは何事か」と、反対の意見を述べたのです。
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父帝ご命名の祐の井――ご降誕
父帝ご命名の祐の井――ご降誕
明治天皇は、孝明天皇の第二皇子として、嘉永5年(1852)9月22日(陽暦11月3日)京都にご誕生になりました(ご生母は中山忠能の娘・慶子)。
ご幼名は「祐宮」、御名を「睦仁」と申し上げます。
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